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2009年1月

スローライフな音楽Ⅱ

横浜は雨。気温は低くありませんが、

冷え性のすとれちあ。に冬の雨は嬉しくありません。

ですが、暖かい部屋にココアでもあれば、

こんな日を幸せに塗り替えてくれます。

そこに流れてほしい音楽が、

ヴィヴァルディ作曲 「四季・冬」の第二楽章。

※正式名称ではありませんが、この名であまりに有名なので。

以前も、同者のマンドリン協奏曲を取り上げたので、

立てつづけですが、ご容赦を。

外で雨がしとついている、暖炉の横で静かに楽しい日々を。

というこの曲のソネットのとおり、

愛らしいピチカートとチェンバロのやや冷たい伴奏が刻む雨だれが

暖かな部屋、暖炉の火のように

静かに踊るヴァイオリンの旋律を引き立てます

現実に立ち返ると、

私の前にあるのはガスストーヴ

テーブルの上にはインスタントコーヒー┐(´-`)┌

贅沢は言えません。

それでも、冬ならではのスローライフ、

満喫できること請け合いです。

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余暇より始めよ

恥ずかしながら、

スローライフについての、自作の格言です。

言うまでもなく、「隗より始めよ」のパロです。

私たちの生活は、いろんな局面でできています。

仕事したり、勉強したり、家事をしたり、

子や老親などを扶養したり、寝たり、

ご飯食べたり、遊んだり、…。

全てが、大切なピース。

もちろん、スローライフは全てにおいて、できます。

が、何から始めたらいいでしょう?

ここはやはり、余暇・遊びから始めるべきと思います。

仕事、勉強、家事、扶養、睡眠、食事、どれも

私たちにとって、社会的・生体的な意味が強いですよね。

その結果の責任を負わなくちゃいけない。

仕事や勉強は言わずもがな、睡眠や食事だって、

一歩間違えたら健康を害します。

挑戦がしづらいって言うのかな。

余暇は、無責任とは言いませんが、言葉の通りの「余暇」

多少のギャンブルは、できるはず。

スローライフに遊ぶ、模索していきたいと思います。

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私のライバル

私には、ライバルがいます。

名は、かめりあ。

競う種目は、どちらが人生を楽しめるか。

かめりあ。は、よく言えば自由人、

悪く言えば大人になれない大人…。

かめりあ。と行動を共にしたのは、主に大学時代。

勉強を面白いと感じ、

図書館にいる時間が長かった私と

そんな、現代版ハックルベリーのかめりあ。

対照的でしたが、

二人は「海が好き」で通じていました。

介護施設で働くかめりあ。は、

平日・日中でも非番が多く、

いつも「海が呼んでる」と言っては、

錆だらけのヴァンにボードを積んで、

外房や下田に出向いていました。

そんな彼からの電話はいつも突然。

「すとれちあ。いい波が来てるんだ」

「ごめん、今日試験だから」

と言っても、かめりあ。には通用しません。

「試験は次がある。でも、

同じ波は二度と来ないんだぜ」

・・・ワケわかりません(_)

が、彼のペースにまれてしまう私

ヴァンの中で、車酔いと戦って試験勉強

そして、まだ波とヴァンに揺られてる感覚で

答案を書き連ねました。

彼はよく言いました。

「俺はいつも海の上ボードの上だが、

おまえは半分は机の上の人生だ。

死ぬ時、どっちがいい顔で死ねるか、競争な」

そんな学生も終わり、私が大学を卒業した直後、

彼はバリ島クタの波を求めて日本を発ち、

の後音信が途絶えました。

あれから10年近く。私ももう、波乗りはしません。

海に行くのは月に23回。

休日に、子 ひめもんすてら。と散歩する程度です。

でも、私はいつも、

人生を楽しむことを頭の片隅に置いています。

いつか、ひょっこり帰ってきた彼より、

もっといい笑顔でいたいから。

その時は一発ひっぱたいてやりますけどね

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スローライフと経済

世界的に、不況に見舞われています。

スローライフと経済、

片や人間らしい生活の試み、

片や暮らしを豊かにするためのシステム、

相互に関連しない訳がありません。

人間のための経済システムが、「人間」を圧迫している、

この現実が、スローライフの原点にはあります。

この点で、両者は背反します。

ドイツでは、この不況を機に(やむなく?)

労働時間を短縮する方向にあるそうです。

日本では、どうでしょう?

失業関連の話題には事欠きませんが、

時短の話はあまり聞かない…。

政治・経済を扱うブログではないので、

あまり掘り下げた意見は書きませんが、

うまくワークシェアできたら、いいですよね。

さて、スローライフ。

一般的には「自給自足」や「質素な生活」を目指したり、

と経済を鎮静化する動きが強いと思います。

時短はその大前提ですしね。

この意味では、この不況は経済とスローライフの

いい関係をつくるチャンスになるかもしれません。

私たち、スローライフを推奨する側も、

経済に対し、もっと積極的でいいはずです。

生産や貯蓄のためではなく、人生や生活を楽しむ消費

そうした新しいニーズを出すことで、

いい布石を置きたいですね。

そんな、新しい経済スタイルがこの不況を打破できたら、

それが新しい雇用の糸口になれば、

って思うのは、遅い初夢に過ぎないでしょうか?

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スローライフな音楽

ヴィヴァルディ マンドリン協奏曲ニ長調 RV93二楽章

バロック音楽というと、どんなイメージをお持ちですか?

優雅な宮廷や庭園のイメージ、厳かな礼拝堂のイメージ…。

いずれにせよ、

「等身大」「スローライフ」とはほど遠いような…。

ですが、この曲。

マンドリンが彩なす甘い旋律は、

  初夏の港、昼下がりの散歩。

背景に流れるヴァイオリンは、

  頬を撫でる潮風。

頭上からは、柔らかい日差しが降り注ぎ、

遠くには水面を滑る船の帆と水平線が輝いている、

そんな情景が目に浮かびます。

優美な「四季・春」で有名なヴィヴァルディですが、

このあたり、さすがにヴェネツィア人ですね。

ダイアン・レインのデビュー映画

  「リトル・ロマンス」に使われた曲です。

クラシック好きでない方には

  あまり聴き馴染みないかもしれませんが、

「横浜ベイサイドマリーナ」または

「東京ディズニーシー・メディテレーニアンハーバー」に

  似合う曲、と言えばだいたいビンゴかもしれません。

手軽なスローライフの演出に、

  晴れた日のリビングで、いかがでしょう?

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等身大

スローライフって、それ自体、「等身大でいようよ」ってこと

でも…、等身大ってナニ?

無理しない、って言っても、

仕事に勉強に、家事に育児に、毎日あくせく

それが、一般的なワタシタチ

よくテレビとかで紹介されるスローライフ、「田舎で自給自足」なんて

ありゃ別天地の世界、とても等身大とは思えません。

ワタシタチ、野生動物でも原始人でもないし、

そんなあくせくした都会生活もまた、等身大なんですよね

ってことを認めた上で、

「じゃ都会生活とスローライフの共存を探そうじゃありませんか」

何事も、葛藤が大事ですよね

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何故スローライフ? Ⅰ

冒頭ぶっちゃけますw(゚o゚)w

本当は「スローライフ」って言葉、好きではありません。

偏見もあるけど、何か流行のニオイも感じるし、横文字だし…

流行や横文字が悪いって訳じゃないけど、

「スローライフ」が表すものと、どちらかというと反対陣営に位置しません?

だから、この言葉には、自己矛盾的なものを感じてしまいます。

※あくまで私の印象なので、「悪い」ではなく、「好きではない」

本当は、「ゆったり生活」とか「等身大生活」でいいんじゃないかな

それでも、この言葉をサブテーマに選んだのは、

読んで、イメージしやすいから(独りよがりな言葉使っても仕方ないし・・・)

で、(言葉ではなく)これをテーマにした出発点は

「人はFASTな生活じゃ、刹那的な快楽は得られても、結局幸せにはなれない」

って思いからです。

無理なく、等身大に生きないと、どこかに無理が生じて幸せになんかなれない

という訳で、幸せのための「スローライフ」生活、目指しました。

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前文

せちがらい現代、

せわしない都会に

なりわいを築く私たち小市民

人間らしく生きたい、と願うのは見果てぬ夢 と

我慢と妥協を対価に払い

モノと便利さで思いを弁済するしかないのでしょうか

いえ、そんな中にも、自分らしい生き方を模索したい

現状に甘んじることなく、

さりとて叛旗を翻すのではなく、

「イマ」と「思い」を共存させる努力は惜しみたくない

そんな思いで送る日々や疑問、思ったこと

そんな1ピース1ピースを

ここに書き連ねていきたい と思います

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