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保育園と数字

私の本業は保育所の経理、

楽しい保育園において、怜悧な数字が商売道具です。

民間企業と違って、儲けたか否か、と同時に

適正か否か、も数字で表出するのですが。

解読に長けると、数字はいろんなものを表わしてくれます。

私の仕事に関して言えば、遊具が古くなっているとか、

現場が大変そうだとか、人手に無駄が生じているとか。

とても有用なものです。

この数字が役割を果たすには、絶対的な条件があります。

それは、単位が統一されていること。

保育所会計では、現金以外のものも含め、

全て日本円で表示します。

だから、今、資産がどれくらいあるのか、とか

どれくらいの損益が生じているか、がわかる。

100万円の収入と50人の在籍園児を比べても、

どっちが得か、なんて分からないし、

10人の保育士と1億円の施設を比べても意味ありません。

数字は、他や過去との比較が容易だから有用だし、

同じ単位だから比較ができるのです。

これが、数字の長所でもあれば、限界でもあります。

数字は、単位を揃えられないものに対しては、無力です。

その最たるものが「人間」です。

人間の価値も、能力も、気持ちも、単位は付けられません。

数値化は、不可能です。

保育園では、園児の気持ちや能力の発達、

職員のモチベーションなどがまず挙げられるでしょう。

人間についても、ごく一部なら、数値化は可能です。

身長や体重、偏差値、50m走のタイムetc

それは、数値化可能な「ごく一部」でしかない、

人間その人を推し量ることはできません。

しかし、数値化(明瞭化)できることの怖さでしょうか、

私たちはしばしば、それに目を奪われ、

数値化できないものを疎かにしがちです。

その、最たるものが「英才教育」ではないでしょうか。

人間の初期発達段階である子どもは、

様々なあそびや経験を通して、

身体能力・感受性・論理性・社会性など

「生きるに必要な能力」を身につけます。

生きること、遊ぶことそのものが、訓練であり、学習なんです。

この段階で、何かに特化した訓練を積めば、

子どもは容易に、特殊な能力を身につけます。

学習であれ、運動であれ、驚異的な成績(数値)を出します。

が、特殊な能力とは、即ち「生きるに不要な能力」。

その陰で、本来の人間の、バランスのとれた能力の獲得を、

どうしても見落としがちです。

子どもにも、教える大人にも、キャパシティがありますからね。

数字は、とても有用な「もの」、つまり道具です。

道具には、使い方があります。

使い方を誤ると、逆に使われてしまいます。

ご用心。

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コメント

生きるために必要な力を自然に育む第一の場所である家庭が危ないといわれていますよね。我が家なども、受験勉強の弊害で、MIにもYUにも自然との体験や他人とのかかわりが少なかった気がします。
もう小学校もおわってしまうので、今後、中学校生活をバランスよくすごさせたいものです。
それにしても行政では「数字」は魔物。同じ数字も使いよう(理論のたて方)によっては善にも悪にもなりますから。こわいです~。

投稿: ゆうまま | 2009年10月 4日 (日) 21時33分

数字や数値としてはっきり分かって助かることやありがたいこと
また安心する事柄もあるけれど
やっぱりそういうものに変換できない事も多いですよね!
分かっていてもきっとこれから子供達の周りには
どんどんそういう評価が増えてきて・・・それだけにとらわれてしまったりしちゃうのかな・・・と思うと怖いです。
すとれちあ。さんのおっしゃるように有用な「もの」として
使い方、受け入れ方を誤らないようにしたいです!!

投稿: ぴぐもん | 2009年10月 5日 (月) 11時18分

ゆうままさん おじゃりやれ

ゆうままさんのブログを読む限り、MIちゃんYUちゃんとも、
ちゃんと目標を持って頑張って、立派だなぁって印象です。
私が記事に書く際に念頭に置いた英才教育ではないのでしょうが、
それでもバランスは難しいのでしょうね。

ゆうままさんのお仕事も、数字と条文の連続だと思います。
最後に肝心なのは、数字でも字面でもなく、
そこから「何か」を紐解く、人間なんですよね。

投稿: すとれちあ。 | 2009年10月 5日 (月) 21時48分

ぴぐもんさん おじゃりやれ

数字はとっても便利なもの、怜悧なだけに頼もしいもの、
毎日数字と仕事していて、とても感じます。
それと同時に、その限界も、ね。
人間をちゃんと見ようって心構え(「精神論」です)さえあれば、
変に流されることはないと思いますが・・・。

ぴぐもんさんのブログから流れ出るも数値化できませんね

投稿: すとれちあ。 | 2009年10月 5日 (月) 21時51分

すとれちあ。さん
数字・・・私がとても苦手とするものです(-_-;)
夫は理系で、とても数字に強く論理的に物事を考え分析する
タイプなんですが、私は、全て、なんとな~く・・・この位?という
感じ。。。
でも、夫と話していて、数字ってすごい!と思います。
何かを比べたり、測って決めたり。。。
でも、確かに単位が大切ですよね~。
英才教育かぁ。。。確かに恐いですね。
ゆうままさんがおっしゃるように、私もちょっとドキドキします、
受験。
まだまだ先だけれど、それこそ、数字攻め?
自分がそれにどんな風に接していくんだろう。。。って
予想が付きません(-_-;)
「使われない」ように、使っていきたいなぁ。。。

投稿: ゆめ | 2009年10月 5日 (月) 23時47分

ゆめさん おじゃりやれ

私はご主人様と近い人種かもしれません(失礼ですね)。
センスと言うか、なんとな~く、って判断ができる方、
本当に羨ましいです

英才教育、怖いです。
知識や能力を身につけるのはとても有意義なことだし、
全否定するつもりはないのですが、よほど指針をしっかり持っていないと、
もっと大切なものを見失いがち、と危惧しています。
それなりに自我のある中学生・高校生くらいなら
「そんな時期もアリかな」なんて思いますが(私は嫌ですが)
ヒトとして発達段階である就学前や小学校低学年時は
バランスのとれた経験が大切じゃないか、って思います。

投稿: すとれちあ。 | 2009年10月 7日 (水) 17時28分

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