« 氷川丸生誕80周年 | トップページ | 連休明けの保育園は… »

人は概念化できないものを恐れる

今は性同一性障がいや同性愛等が認知されつつありますが、

それでも、「らしくない性別」所謂オカマオナベや

それに近い人、行為を「気持ち悪い」と言う人はいます。

ひと昔前は、もっと顕著でした。

でも、何が気持ち悪かったのでしょうか?

私の知る限り、それは

「人は概念化できないものを恐れる」からだと思います。

男は男、女は女、私たちは他人を見る時、

相手がどんな人であれ、必ずその「性別」を見ます。

性別に縛られずに、「相手そのもの」を見るのは

何と難しいことでしょう。そして、所謂オカマオナベは

この両方に属さないから、「見る」ことが難しい、

その拒否反応として、「気持ち悪い」と感じてしまうのです。

ひと昔前に比べて「気持ち悪い」と言わなくなったのは

性同一性障がいや同性愛を括る、

「第三の性」と言う概念ができたからに過ぎません。

性だけではなく、同じことがいろいろ言えます。

動物か無機物か分からない物があったら、触れますか?

虫か植物か分からない物があったら?

万事、私たちは「概念」でものを認識して、

「安全である」と認識したものにだけ、心を許します。

概念化できないものは、ひとまず

「危険である」と認識した概念と一緒に

警戒の対象に入れてしまうのです。

これは、私たちの自己防衛の本能でしょうね。

ただ、概念はあくまでも概念、そのものではありません。

例えば、世間に認知される前から、

性同一性障がいや同性愛そのものはありました。

ただ、概念として括れなかっただけなのです。

それを、概念として括れないから、と除外すること、

果たしてそれは、正しかったでしょうか。

きっと、多くの人を苦しめたことでしょうね。

私たち人間が、最も愛用する道具、

それは、剣でもペンでも箸でもなく、

それを持つ右手でも大地を踏む足でもなく、

脳内を駆け巡る「概念」だと思います。

お陰で、私たちは容易に考えたり、知ったりできます。

ただ、概念は「ものそのもの」とは違います。

これだけに頼っていると、

世界が閉じてしまう、物事の本質が見えなくなる、

そんな気がします。

|

« 氷川丸生誕80周年 | トップページ | 連休明けの保育園は… »

スローライフに必要なもの」カテゴリの記事

哲学」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
確かに小さい頃は怖いものってお化けくらいだったなあ。得体のしれないものは危険なものでもワタシにとっては「面白いもの」だったもの。母親が大変だったろうな
概念は厄介なものであることもあれば、身を守る安全弁でもあるんですね
なるほど~

投稿: ゆうまま | 2010年5月 7日 (金) 23時27分

ゆうままさん おじゃりやれ

おばけも 概念化できない認識を無理やり概念化したものでしょうね
だからやっぱり 恐いんです
大人になって「そんなものない」ってこれを否定しちゃえるから恐くなくなるけど その分概念に慣れきっちゃって恐いものがふえるのかもしれませんね
↑自分でも、書いててちょっと意味不明(*_*;)

投稿: すとれちあ。 | 2010年5月 8日 (土) 20時39分

そうですね~。確かに。
概念化できないものは、自分の中で理解もできないから
やっぱり恐れてしまうし近づけないかな~。
最近、よくテレビで同性愛の話があるけれど
私の周りにはいなくて。。。
あまり実感はなくて、本当なのかな?なんて
思ってしまったりしています。

投稿: ゆめ | 2010年5月18日 (火) 23時38分

ゆめさん おじゃりやれ

あ、その「本当なのかな」は私にもあります。
つい数年前まで、(こんな言い方失礼だけど)
同性愛者って、ウワサだけ先行してる都市伝説的存在かも、と
思ってました(口裂け女みたいな)。

理解できない、なんですよね…。
ただ本当は、ゆめさんだからお菓子に例えるなら、
「甘い」って概念の中にも、本当はいろいろあるじゃないですか。
それを、「甘い」で括らないで、その味を直接、感じたい、
なんて思っています。

投稿: すとれちあ。 | 2010年5月19日 (水) 08時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人は概念化できないものを恐れる:

« 氷川丸生誕80周年 | トップページ | 連休明けの保育園は… »