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人は手段か目的か

何年か前、女性を「産む機械」と発言し

非難轟々を受けた大臣がいましたね。

あれには私も憤りました。

でも、あの発言の何が怒りの種なのか、

私を含め、ちゃんと考えたのでしょうか。

そもそも、問題視されていたのは少子化問題。

子どもを産む機能を備えているのは、女性だけだから、

女性にこれを期待するのは、間違っていません。

ましてや政治って仕事は、全体を考えるものだから、

「産めない女性」「産まない事を選んだ女性」がいても、

この視点はおかしくないと思います

(いくら産まない女性が増えても、

男性には産めないんだから)

「機械」って言葉だって、男性は何十年も前から

「歯車」って言われてきたし、今も男性に

「良き歯車(つまり高収入)」を求める女性は多いですよね。

「女性を家庭に縛りつける発想」と言う人もいますが、

私たちは生物としての原理にそもそも縛られている、

と言う事を忘れてはいけないと思います。

だからと言って、この発言を弁護する気にもなれない、

その理由、私の場合は「本末転倒」だからです。

政治なんて結局は、私たちのためのもの。

だから、政治家の提案は、私たちのためにどうするか、

であるべきなのが、その負担を私たちに押しつけている、

その責任転嫁にあります。

私たちは、お国のために存在する訳ではありません、

一人ひとりが、独立した意義を持っていると思います。

政治が私たちの手段であり、私たちは政治の目的なのです。

と、考えた時に、自分に対して一つの疑問が浮かびました。

では、私たちは完全に独立した意義があるのだろうか。

私たちの人生の目的は、何なのでしょうか。

何でも自分で決める、それもまた、違和感があります。

例えば、たばこやお酒の中毒の人、彼らが言う

「俺の人生の長さは俺が決める」は、素直に頷けますか?

もっと身近な例で言えば、子どもです。

彼らを最大限尊重することは、

躾をしないのとイコールではありません。

私たちは、自分の「生」を完全に支配してはいけない、

或いは、したくてもできない、と思います。

さて、正しいのはどちらでしょう?

思うに、「どちらも大切」「バランスが大切」

と言うことではないでしょうか。

「私は私」で良いと思います。

ただ、そこには「周りがあるから私がある」こと、

自分もその「周り」の一人として、

ちょっとはそのお役に立てるように頑張ること

(ぶっちゃけた表現で、「おたがいさま」って事ですね)

そんな、謙虚で緩やかな個人主義者でいたいものです。

え?少子化問題に対してはどうなのかって?

バランスが大切ですからね、産む人も産まない人もいていい。

どちらを採っても、周りに支えてもらっているってこと、

自分も周りに、ちょっとはお役に立とうとすること、

それを忘れたくないし、

どちらを採っても生き易い世の中であってほしいですね。

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コメント

今の職場、ワタシのほかに男性が8名。みなさん将来を期待されるエリートさんたちです。
みんな「ユウママさん。大変だねえ」
というのですが、自分たちは、毎日毎日のようにどこぞ(居酒屋かなあ?)に集まり政策論争か何かわかりませんが盛り上がっているようです。
こういう男性の皆様が自治体の将来を支えてくれているのですが、お家での彼らの生活はどうなんだろうなあって思いますねえ。ワークライフバランス。口で言うのは簡単ですが実行できるTOPの男性はまだまだ少数。仕事人間はまだまだたくさんいますねえ。(うちの夫もですが)
男も、女も、仕事と家庭の両立をするのって、難しいんでしょうね
あ、ちょっとはずしちゃいましたね。スミマセン

投稿: ゆうまま | 2010年4月25日 (日) 20時18分

そうですよね。どんなことでも
バランスって大切なんですよね!
それにそれぞれに目的が違ってもお互いに
理解し協力し合えるのが理想ですね!
すとれちあ。さんみたいな方が政治家になって
くだされば!!って思っちゃいます(*゚▽゚)ノ


投稿: ぴぐもん | 2010年4月27日 (火) 04時33分

ゆうままさん おじゃりやれ

そうですねぇ、きっと、奥様方は「亭主元気で留守がいい」って、
思ってらっしゃるかと…。
たまに早く帰ると、文句言われるんじゃないですか?
って冗談ちっくに空想してしまいました

男性って、政治とか経済とか、「大きな話」好きですよね。
私も(政治経済はよくわからんけど)哲学が好きなので、
その意味では「大きな話」好きです。
でも、先日の記事で「ヌカ味噌くさい哲学者」と呼ばれたい、と
書きましたが、仕事にせよ政治経済にせよ哲学にせよ、
生活と密接でないと、どこかで躓く気がします。
一方で、世間の多くの女性は「大きな話」をあまり好みませんね。
↑と対偶の話ですが、生活もまた、大きな視点なくしては
面白くならない気がします。

投稿: すとれちあ。 | 2010年4月27日 (火) 12時03分

ぴぐもんさん おじゃりやれ

ありえませんって!
ワタクシ、新聞の一面記事とか意味チンプンカンプンですから

いろんな考えとかいろんなやり方ってあるじゃないですか。
それらを、柔軟に取り入れられたらいいですね

投稿: すとれちあ。 | 2010年4月27日 (火) 12時20分

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