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2010年5月

再投稿~青い目の人形と横浜

青い眼をしたお人形は
アメリカ生まれのセルロイド 

日本の港へついたとき
いっぱいなみだをうかべてた
わたしは言葉がわからない
迷子になったらなんとしょう 

やさしい日本の嬢(じょう)ちゃんよ
なかよくあそんでやっとくれ
なかよくあそんでやっとくれ 

開港151周年に沸く横浜、

山下公園から元町までは、

ポーリン橋を渡っていくことができます。

頭上にマリンタワー、夜は眼下にガス灯、

眼前には山下公園と氷川丸、

港もフランス山も臨めるこの橋は、

間違いなく、横浜散策のメインコースでしょう。

この橋のたもと、横浜人形の家の前に、

橋の名の由来、青い目の人形「ポーリン」の

銅像があります。

人形の銅像なんて、如何にも奇妙ですが、

ふくよかな頬、愛らしい顔、

この人形の愛され、また歩んだ時を思えば、

それも不思議はありません。

世界から次第に硝煙立ち上る昭和2年、

その世界への玄関口、

震災から立ち直った横浜港に接岸した天洋丸。

アメリカの子どもたちからの友好のしるし、

13,000体の青い目の人形も

この時、日本の地を踏みました。

この中の1体、ポーリンは、

横浜港にほど近い、国民学校で

愛されることになりました。

人形たちが日本全国の

小学校・幼稚園・保育園に配られた14年後、

それはちょうど、

ポーリンが国民学校に来た年に入学した子が、

成人した年に当たりますが、

日本は人形たちの祖国に、

無謀かつ卑劣な攻撃を仕掛け、戦争が始まります。

「アメリカは敵だ」と、軍の司令により

青い目の人形は処分されていきます。

あるものは焼かれ、あるものは首を刎ねられ。

その行為を、軍人や教員ではなく、

子どもたちに強いたところもあるそうです。

ポーリンを含め、僅かな人形だけが、

子ども・教員・保母らの心により

隠され、無事でいることができました。

昭和20年、米軍は日本本土への空襲を強め、

全国の都市が焦土と廃墟に塗り変わっていきます。

東京大空襲の悲惨さは、ご存じと思います。

しかしこの後、東京を中心とする日本本土には、

それまでに比べると相対的な平穏が訪れます。

それは、沖縄での地上戦が激化し、

本土への攻撃が手薄になったから。

しかし、沖縄が陥落寸前となった5月後半、

再び本土への攻撃は激しさを増します。

そして65年前の今日、529日朝、

18年前に人形たちが船から足を降ろした横浜に、

東京大空襲の2倍近い600機以上の

B29と戦闘機が空襲を開始します。

横浜大空襲が東京大空襲と何より違うのは、

時間帯が昼間であること。

寝込みではないので、東京の時よりも

逃げ遅れは少なかったかもしれません。

実際、東京大空襲以上の爆弾が投下されても、

死者数は東京には及びません。

しかし、仕事や学校で、

家族が離れている時間帯でのこと、

行方不明者は東京大空襲を超えるという

一説もあるそうです。

そして大量の爆弾から逃げ惑う人々を、

戦闘機の機銃正射が襲います。

ポーリンのいる国民学校の付近は

特に標的にされました。

付近では、高架駅の下に人々が避難したところ

  駅の真上に焼夷弾が落ち、

灼熱の滝に500人が焼かれたそうです。

昼間空襲の犠牲者は、日本人だけではありません。

闇に隠れることのないB29、

70機あまりが、高射砲で撃墜されました。

撃墜された飛行機は、それ自体が凶器となって

人々の頭の上に落ちてきます。

遠く離れた敵国に落ちた米兵たちは

最期の瞬間に何を思ったでしょう。

「トルーマン大統領万歳!」と

叫ばなかったことは、確かだと思います。

日米の子の、人形に託した思いにも関わらず、

米国の軍人は、

その人形の上に爆弾を落としました。

日本人の大人は、その原因を作りました。

この悲惨極まる空襲の被災者数は31万人、

当時の横浜市民の1/3にあたるそうです。

しかし、この歴史的事実は、

東京大空襲の陰に隠れ、あまり知られていません。

過去に、明治、大正につくられた歌と、

その歌とともに人が歩んだ戦争の歴史について

記事にしました。

「ゆりかごのうた」では、

私は、二度と悲劇が起きないことを祈る

と書きました。

「花」では、現在の平和に感謝する、と。

「青い目の人形」は、私たちに、

過去の史実を知ることを

求めているように思えてなりません。

そうそう、ポーリンの本物は、今も無事、

西区の小学校でちゃんと保存されています。

写真も、ご覧になって下さい。

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保育現場から見た日本Ⅱ

前回に引き続き、

私が感じる日本社会の問題点と

日本の保育の関係について、書きたいと思います。

日本が住みよくないのは、日本人に自信・自尊心がないから、

と前回書きました。

ある人が自信ない事は、

その人だけの問題ではなく、周囲の人にも影響します。

例えば、自分が貴重な存在と思えないと、

人を貴重とは思えません、優しくできません。

優しくされなかった人は、自尊心を保つのが難しく、

また他の人を尊重するのが難しくなります。

自尊心のない人たちの再生産、悪循環になります。

それが今の日本社会、私の印象です。

ここで言う自尊心とは、能力や豊かさではなく、

「自分が自分であること、それ自体貴重なこと」

って思える気持ち、と理解して下さい。

私はこれを、基本的人権に倣って

「基本的自尊心」と呼びたいと思います。

基本的人権が、その人の能力や豊かさではなく、

ヒトが人であるだけで、当然尊重される権利であるように、

ヒトが人であるだけで、当然あってしかるべき自尊心、

だから、勉強や仕事を頑張ったり、

ましてや経済政策なんかには期待できません。

それは、人間の本質からはほど遠い、

言ってしまえば、薄っぺらな自尊心だと思います。

では、この「基本的自尊心」、どう培うのでしょう?

人間を建物と例えて、幼児期はその基礎工事に例えられます。

完成した建築物(大人)を見ても、それは目立たないけど、

基礎がそれを下支えしていて、そこが弱いと崩れやすい、

砂上楼閣になってしまうし、何より重要なのは、

完成した後、作り直しや修繕は難しいことが挙げられます。

職業、最終学歴や資格、その他の「目立つ能力」は、

建物で言う内装外装、いえ建具かもしれません。

それは目立つけど、やり直しも修繕も容易です。

就職も受験も資格取得も、何度でも挑戦できますが、

幼児期の経験は、そうはいきません。

人間にとってのこの重要な部分、

これを担うのが保育や幼児教育なのです。

もし、「目立つ能力」ばかりを重視して、

人間としての基礎、幼児期を重んじないとしたら、

バブル期のマンションみたいな人が育てられそうです。

ですから、さっき書いた「基本的自尊心」、

これと幼児期の経験があまりに密接な事は

言うまでもないと思います。

その時、どう処遇されたか、

接してくれた大人の抱く気持ち(愛情とか)

そんなのが、(なかなか因果関係を説明できないけど)

大人になっての「基本的自尊心」に繋がると思います。

「三つ子の魂百までも」とはよく言ったものです。

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保育現場から見た、日本 Ⅰ

突然ですが質問です。

私たちの住む社会、住みよいと思いますか?

ここで、「Yes」って言える人は

決して多くないと思います。

去年一年で、自殺者が約3万人いた日本、

増えつつある精神疾患や離婚件数、

児童虐待、環境破壊、失業、老後の不安、

この社会、うまくいっていないと見ていいと思います。

ほとんどみんな、真面目に働いていて、

経済も発展して便利になっているのに、

どうしてこんなになっちゃったんでしょう?

「そんな原因分からないよ、特定できないよ」

って答えが返ってきそうですね。

確かに、あまりに複雑な原因と結果でしょう。

でも、逆に言えば、いろんなところに原因がある、

一つひとつを洗い出せば、少しは改善するかもしれません。

そこで、保育園で勤める私は、「子どもの成育環境」

が大きいのでは?と見当をつけました。

私は、今の日本の問題、一番の根本原因は

技術や資源や経済ではなく、自分に自信が持てないという

日本人の精神にあると思います。

いや、「自尊心」と言うのは一つの資源とも言えましょう。

とにかく、それがないから、流されやすい、

流されやすいから、政治に一貫性がなく結果が出ない、

他人の評価ばかり気にして、自分の時間を楽しめない、

流行に惑わされて、自分の「好き」を見つけられない、

何かに追い立てられて、他人に優しくできない、

それが積もり積もって、自分にも他人にも影響して、

お互い首絞め合っちゃってる、それが現状でしょう。

だから、自分に自信を持てなきゃいけない、

自信って言うと、経済力とか活気とか知識や技術を

他人や外国より高めよう、っていう人がいますが

私に言わせれば、的外れもいいところです。

そんなのを自信の根拠にしたがること自体、

自分に自信のない証拠です。

何も後ろ盾は要りません、

「私は私で、それだけで尊いんだ」って思える、

それが本当の自信であり自尊心のはず。

だから、他人との比較ではありません。

むしろ、自信があれば他人も尊重できるはずです。

それを持てない私たち日本人、

私は、その更なる原因を、子どもの環境に見た気がしました。

それについては、次に書きたいと思います。

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環境に優しいディーゼル車って?

ディーゼル車の環境性能が見直されているようですね。

10年ほど前、とにかく猫も杓子も悪者視されていました。

欧州ではエコな車として扱われているのにこの扱い、

ちょっとヒステリックになり過ぎでは、

と当時感じたのを覚えています。隔世の感ですね。

エコの選択肢が増えるのは、歓迎したいところです。

ただ、一つ残念なことがあります。

今、見直されているクリーンなディーゼル車、

外国車を見ると、普通の乗用車も多いのですが、

国産車を見ると、やっぱり多くがSUV(四駆)なんです。

どんなに優れた技術を使ったって、

同じエンジンならSUVより普通車・小型車の方がエコなはず、

燃費と排ガスに加え、道路への損傷や安全性も考えたら

その思いは一層強くなります。

事故の際、相手への損傷も、乗用車より大きいと言います。

エコは技術よりも心がけだと思うのですが、

最新技術のSUV車に乗る姿勢、あまりエコの心を感じません。

もちろん、必要があって乗る人は別ですが、

日本人にはそんな人、ほとんどいません。

少なくとも、量産に値する需要量にはならないでしょう。

結局、ディーゼル=SUVってアタマを外せないのかな。

新しい話題に旧態依然を見た気がしました。

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連休明けの保育園は…

この連休は、好転に恵まれましたね。

私も、子もんすてら。や姉の子がじゅまる。と

自転車で遠出をしたり、充実しました

(補助輪付き11インチのがじゅまる。連れて

往復15kmかけて動物園に行きました)

でも、私の仕事(保育園)にとっては

ちょっと頭が痛い、それがゴールデンウィーク。

連休に入る前、「この休みがなければ…」

何度思ったことか。

4月の終わりから5月の頭と言えば、

新年度が始まったばかり。

新しい子も多いし、昨年度の見つめなおし、

新年度の年間計画を練り直している最中。

事務でも、決算や事業報告、

その他年度更新に付随する業務は多々

加えて、4月と言う最初の1カ月の終わり、

その〆業務も覆いかぶさってきますが、

年度の中では最初の月なので、

前例を踏襲できない事例もたくさんあります

(事務的事情は他業種も大体同じでしょうね)

そして5月5日はこどもの日、

前後どこかに行事をやったり、

そうでなくても鎧兜や鯉のぼりの出し入れがあったり。

それより何より、一番大変なのが子どもとの人間関係。

4月から入って、最初は泣いてばかりの新入園児、

特に1~2歳児クラスは、泣き通しの子もいたり

(前に抱いて後ろにおんぶ、髪を振り乱している

乳児クラスの保育士は、それこそ鎧兜に見えてきます)、

年中年長になると、我慢してるのが分かるから

それがまた、なおかわいそう。

そんな、新入園児も、いや、クラスや担任が変わって、

戸惑っていた継続園児も、やっと慣れてきたところ、

そこに来る、ゴールデンウィーク。

パパやママと一緒に過ごせる、

楽しいところに行ったりした素敵な1週間。

これが終わると、4月初めに逆戻りです。

泣き通し、遊び疲れ、

そんなのがぶつかりあって頻発するケンカ

幼児クラスの保育士は、ほとんどレフェリーです

夜型の生活になってしまって、生活リズムがメチャクチャ、

朝はボーっ、午睡の時間に目がランラン

給食でも、克服しかけた偏食が、

ものの見事に復活しちゃってます

それでも、「○○に行ってきたよ~」とか

楽しそうに話す子どもの顔は格別

同じように楽しい休暇だった友達や保育士と

話に花も咲き誇ります。

そんな、保育園での1ページでした。

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