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2010年7月

子もんすてら。との「優雅な時間」

私ともんすてら。の夏の生活には

他人から羨ましがられるアフターがあります。

夕方、仕事を終えて保育園に迎えに行って

バイクに乗せて一路、半島の西海岸、葉山へ。

ちょうど日没前、カーッと暑い日差しの頃、海岸着。

そこで、twilight-swim、もんすてら。を泳がせます

(地元の海でも泳ぐけど、東海岸なので夕方は寒くて)

私も、短パンでヒザくらいまで(いや、段々濡れて

やぶれかぶれになってお腹まで入っちゃう事も…

まぁ、帰り道バイクで乾いちゃうからいいんです)

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そして、サンセットを眺めたり。

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遠くに光るのは江ノ島灯台、

↑こんなだったのが、

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一瞬こんなに赤くなって、

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そしてまた落ち着きます。

そして昨夜は、花火大会。小さな写真ですが…。

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肉食と草食、男と女、どっちがいい?

テレビなどで、肉食動物が草食動物を

捕食するシーン、見たことありますよね。

その時、草食獣をカワイソウって思いませんでした?

肉食獣を悪者みたいに思いませんでした?

恐らくこの印象、誰もが抱いた経験あると思います。

でも、果たしてそうでしょうか?

草食と肉食、どっちが幸せでどっちがカワイソウ?

質問を変えるなら「生まれ変わるならどっちがいい?」

私も、最初の印象を何度も抱いた経験ありますが、

今の結論は、迷わず「草食獣の方がいい」

何故なら、肉食獣は狩りをしなければなりません。

狩りをしなければ、飢え死にです。

逃げられても飢えるし、反撃に遭って怪我でもしたら

(ライオンだって、水牛より身体は小さいんですから)

もう狩りはできず、これまた飢えるしかないのです。

そして、肉食獣は他の肉食獣からも狙われます

(いや、草食獣にだって狙われるんです)。

獲物を狙うライバルでもあり、子を襲う危険もありますから。

つまり、足元に食べ物が安定的にあって、

群れの中にいれば基本安全な草食獣と違い、

肉食獣は、毎日が死との瀬戸際です。

私たちの印象って、一面的でしかありませんね。

※ついでに言えば、昨今流行りの「草食系」、これも、

私は「社会が成熟してきたからじゃないか」と思っています。

特段ガツガツする必要がなければ、

人は草食系の方が幸せになれるんじゃないかな。

これ、男性と女性にも言えると思います。

男性と女性が対立していたら、ほとんどの人が

女性側に共感的にそれを見ます。

実際は、どちらが良いか悪いか、なんて簡単には言えません。

男女平等と言うのも、随分片面的なもの。

人には、ハード面(お金や社会的地位)

ソフト面(家族、人間関係や余暇)があって、

「男性はハードで、女性はソフトで、

有利でありかつ負担も大きかった」のが事実ですが、

今まで進められてきた両性の平等って、

ハード面ばかりな気がします。

つまり、「女性の社会進出!」ですね。

それも大切ですが、それだけでは片手落ち。

幼稚園・保育園・小学校のPTAで、

母親の集まりに入れずにポツネンとしてしまう父親、

老後、余暇を楽しむ女性に比べ、

男性は濡れ落ち葉的になるケースが多いとか、

離婚では、父親が親権を取るのはほぼ絶望的とか

まだまだソフト面では男性は置き去りにされています。

ハード面ではそれなりに効果も見えてきた両性の平等も、

ソフト面は問題意識すら形成されていない状態です。

「イクメン」なんて言葉も、好ましく思えますが、

逆を言えばそんな言葉ができてしまう皮肉ともとれます。

これ、不利益は男性だけではありません。

「共働きなのに家事・育児に夫が非協力的」な妻の不満、

これも、ソフト面の平等が置き去りにされた結果でしょう。

ハードもソフトも両方平等、それで初めて、

私たちにとって暮らしやすい世の中になると思います。

草食はカワイソウ、男の方が有利、

なんて固定観念はそろそろ卒業。

動物についても私たち人間の社会についても、

そろそろ新しいものの見方を始めたいところです。

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地獄のサイクリング

先日、と言っても6月の初旬、

もう1カ月以上前のことですが

4歳の子もんすてら。と姉の子がじゅまる。を連れて、

実家近く(とは言え片道7km)の動物園(板橋区立の無料の)

自転車で行ってきました。

名づけて、「地獄のサイクリングツアー(動物園付き)()

そうです、動物園はあくまでもオマケ、

狙いは、「自分の漕ぐ自転車でどこまで遠出できるか」

達成感の獲得と、ついでに体力や自転車技術の向上が狙い。

さて、当日朝からお天気も良く、お出かけ日和。

ヘバッた時のエサにお菓子を大量に隠し持ち、出発。

「わーい、動物園」なんて意気揚々の二人。私って、鬼…。

ともあれ、車の心配のない土手を3人3台で走ります。

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もんすてら。だけなら、正直何とかなります。

補助輪なしに乗っているし、タイヤも大きい。

普段から私と自転車で出かけているので、慣れているし。

ところが、がじゅまる。は、本人の希望も虚しく、

あまり自転車に乗せてもらってません(大人たち、ひどい)

だから、補助付きだし、スピードも遅い。

ガラガラガラ…、音だけ大きくて、速さは大人が歩くくらい。

ちょっと油断すると、二人の距離は100mくらい離れちゃう。

途中、何度も「疲れた」とわめく二人にお菓子を与え、

何とか片道2時間かかって動物園に着きました。

小さな園ですが、その分動物との距離は近くて、

ヤギやモルモットに直に触れられたり、エサがあげられたり。

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とは言え、帰りの体力を残しておかねばなりません

(気温高くてお弁当持たなかったし、お昼までに帰らねば)

と、お楽しみはそこそこに、帰途に着きます。

4歳児ともなれば、「帰りも行きと同じ労力が必要」

と言う恐るべき事実、分かるんですねぇ。

「帰るよ~」と言うと、突然ゲンナリ…。

でも、何しろ一年で一番陽差しが強い時期、

何もしなくても、時間の経過だけで体力が奪われる…。

↑この事実に気付くほど、4歳児は賢くないんですね。

帰りの土手は昼さがり、陽差しは容赦なく強いけど、

河原で野球やらジョギングやらを楽しむ休日の姿は

眺めていてもなかなか優雅。

時折二人が意味もなく蛇行して周りに迷惑かけなければ

とても気持ちのいいサイクリングです。

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そして家に着いたのは14時過ぎ、

9時に出て、どんだけ走っていたのか…

その後、お昼ごはんを頂いたら、

すぐに公園に出発する3人でした。

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「票が死ぬ」と恐れないで

明日は選挙ですね。

どこに入れるか決めている人、いない人、

いろいろだと思います。

あ、「行かないよ」って人はいませんよね?

選挙の時、私がいつも思う奇妙なことは

私たち有権者の中に、少なからぬ人が

「自分が投じた票が活きるか活きないか」

を考えて投票してしまうこと。

よく聞くのが「本当は○○党が一番いいけど

どうせ当選しないから、当選しそうな××党に入れた」

と言う話。

私にはこれが、理解できません。

自分が投票した人が勝とうが負けようが、

自分に直接の損得はないのに…。

ちょっと、株式投資か何かと間違ってませんか?

こう考える人が大勢いるとしたら、

その人たちが「本当に良いと思っている党」より

「勝ちそうな党」に入れているとしたら、

選挙の結果って、本当の意味での「民意」と

ずいぶんかけ離れたものになってしまいます。

「いい政策」ではなく「勝ちそう」が勝つ条件ですから。

もちろん、各党の獲得議席数も、

全体で見ればいくばくか変わってくるかもしれません。

仮に同じだとしても、辛勝と圧勝では

当選後の「政治」は違ってくるでしょう。

「勝ちそう」で判断すると、

「民意」はちょっと、歪んじゃいます。

更に言うなら、仮に自分が入れた党が勝っても、

逆を返せば、自分が入れなくてもその党は勝った訳で

(1票差で勝敗が決まることはほとんどありませんから)

その意味では、勝った党に入れても票は死んだ、

と言えなくもありません。

だから、余計な事を考えず、純粋に「良いな」

って思える党に入れればいい、と思いませんか?

まぁ、「私が入れても入れなくても結果は同じだから」

って棄権しちゃうよりは、ずっといいですけどね。

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教材としての「鉄道」

前回に引き続き、鉄道の話です。

私も子どもの頃、それなりに鉄道が好きでした。

そして、子もんすてら。を授かって、

もう一度、「鉄道」を楽しめるようになってきました。

ところが、ちょっと違和感…、

これについて書きたいと思います。

私が子どもの頃、子ども向けの絵本や玩具で、

「鉄道」の主役は、京浜東北線や山手線、

身近な私鉄や地下鉄、バラエティに富んだ

国鉄(この名前、時代ですねぇ)の特急電車、

だったように思います。

ところが、今は違うんです。

絵本も玩具も、開けばまずは新幹線。

それも、全体の半分くらいは占めています。

子どもに提供する情報としては、電車≒新幹線なんです。

私が子どもの頃も、もちろん新幹線はあったけど、

どちらかと言えばSLや路面電車と同じく、

「こんな電車もあるよ」って特殊な扱いでした。

だからと言うか、子どもたち、新幹線の速さは知ってても

「新幹線が好き」って子はあまりいなかったように思います。

何を好きになるかは、子どもそれぞれでいいと思います。

が、私たち大人が心すべきことは、

(鉄道であれ何であれ)提供する情報は、教材になる」

と言うこと。子どもはそこから、学びます。

そして、新幹線はその教材として、相応しいでしょうか?

教育・育児・保育の方針はいろいろですが、

私は、「兎やキリギリスよりは亀や蟻であってほしい」。

それが「生きる力」だと思うし、同感の方も多いでしょう。

それに照らして、新幹線ってどうでしょう?

確かに、速いです。すごいです。

でも、大人から見ても「ゆとりのなさ」の象徴でもあるし、

決して身近な存在とは言えません。

車体も、早いものだと10年くらいで引退したり…。

それって、子どもに「いい影響」を与えるでしょうか。

前回書いた【私の好きな「赤い電車」】は、

50年間走り続けました。

箱根では、世界一の急こう配を

60歳の登山電車が今も現役で走っています。

しかもそれらは、私たちの生活にとても身近な存在が、です。

どちらが「教材」として相応しいでしょう。

どちらが子どもに「生きる力」を与えるでしょう。

「電車なら何でも同じ」ではないと思うんです。

Photo

今日は七夕。

短冊に「電車の運転手さんになりたい」と書く子は多いです。

その子たちは、今、走っている電車を見て、

その電車が好きなんです。運転したいんです。

好きな電車が引退しちゃうって、子どもには残酷ですよね。

子どもたちには、いつまでも愛せる電車であってほしいし、

スピードの速い新幹線ばかりでなく、

もっと身近に、もっと長く走る「電車」で楽しませたい、

そこから「生きる力」を育みたい、と考えています。

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