「票が死ぬ」と恐れないで
明日は選挙ですね。
どこに入れるか決めている人、いない人、
いろいろだと思います。
あ、「行かないよ」って人はいませんよね?
選挙の時、私がいつも思う奇妙なことは
私たち有権者の中に、少なからぬ人が
「自分が投じた票が活きるか活きないか」
を考えて投票してしまうこと。
よく聞くのが「本当は○○党が一番いいけど
どうせ当選しないから、当選しそうな××党に入れた」
と言う話。
私にはこれが、理解できません。
自分が投票した人が勝とうが負けようが、
自分に直接の損得はないのに…。
ちょっと、株式投資か何かと間違ってませんか?
こう考える人が大勢いるとしたら、
その人たちが「本当に良いと思っている党」より
「勝ちそうな党」に入れているとしたら、
選挙の結果って、本当の意味での「民意」と
ずいぶんかけ離れたものになってしまいます。
「いい政策」ではなく「勝ちそう」が勝つ条件ですから。
もちろん、各党の獲得議席数も、
全体で見ればいくばくか変わってくるかもしれません。
仮に同じだとしても、辛勝と圧勝では
当選後の「政治」は違ってくるでしょう。
「勝ちそう」で判断すると、
「民意」はちょっと、歪んじゃいます。
更に言うなら、仮に自分が入れた党が勝っても、
逆を返せば、自分が入れなくてもその党は勝った訳で
(1票差で勝敗が決まることはほとんどありませんから)、
その意味では、勝った党に入れても票は死んだ、
と言えなくもありません。
だから、余計な事を考えず、純粋に「良いな」
って思える党に入れればいい、と思いませんか?
まぁ、「私が入れても入れなくても結果は同じだから」
って棄権しちゃうよりは、ずっといいですけどね。
| 固定リンク
「スローライフに必要なもの」カテゴリの記事
- 笑いは人の花(2012.04.24)
- 「絆」という言葉(2012.01.21)
- 「女」が流行になっていないか?(2011.11.18)
- この秋が教えてくれたこと(2011.10.12)
- 血液型と科学(2011.09.27)
コメント
そうですよね~。同感ですよ。
1票差で勝敗が決まることはほとんどないけれど
やっぱり、自分がこうだと思う人や党以外には
入れないな~。
私は、今日、期日前投票に行ってきました。
ふぅ。
どうなるでしょうね~。
投稿: ゆめ | 2010年7月10日 (土) 21時51分
あー、私、そういう気持ち、ありました。
もちろん行くつもりではいたけど、
私一人の票では大したことないだろうな、って思ってました。
明日は、しっかり自分の思うところに投票しなくっちゃね。
ありがとうございます。
投稿: クロッカス | 2010年7月11日 (日) 00時14分
ゆめさん おじゃりやれ
私も期日前投票でした。
当日はいろいろと忙しかったり(遊びたかったり)で、
期日前の方が都合がいいだけなんですけど…
結果について、私は言いも悪いも言うつもりありませんけどね。
みんなが選んだ結果なら、政治家さんたち頑張ってほしいな。
投稿: すとれちあ。 | 2010年7月12日 (月) 16時52分
クロッカスさん おじゃりやれ
「私一人の票なんて…」 誰もが思ったこと、あるでしょうね。
でも、その一つ一つが集まって大きな力になる、
逆に言えば、大きな力も結局は一つひとつの票なんです。
そして、自分が一番いいと思える政党に入れなかったら、
(民主主義の性質上)入れた党が勝っても負けても、
その人の票は死んだ、と私は考えています。
投稿: すとれちあ。 | 2010年7月12日 (月) 16時55分
ワタシの知り合いは「行っても行かなくても同じだからキケン」とか、「棄権することが今の政治に対する不信感をアピールすること」とかいう方もいますねえ。あなたの一票が集まって何十万課になるのに
一人では何もできないけれど、一人が始めなければ何も始まらないって言葉もあるように、一人の重み、ちゃんと考えてほしいですね
投稿: ゆうまま | 2010年7月12日 (月) 22時11分
ゆうままさん おじゃりやれ
私も、こう考えたこと、何度かあります。
棄権が一番の抗議なんじゃないか、って。
でも、投票用紙はアンケート用紙じゃないから、
投票する際の私たちの気持ちがそのまま伝わる訳じゃない、
残るのは、私たちの気持ちではなく数字であって、
残念ながら、棄権を不信任とはほとんど解釈されないんですね
だから、行動するのではあれば
「どう解釈されるか」まで考えて、行動したいものです。
投稿: すとれちあ。 | 2010年7月13日 (火) 11時25分