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2010年12月

横浜からメリークリスマス

最近、休日と言えばマリンパーク、

それはそれでとても楽しいけど、

私はやっぱり、クリスマスが一番素敵な町は

横浜だと思っています。

で、昨日23日、

久しぶりに子もんすてら。と行ってきました。

その時の写真を…。

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日中は根岸森林公園で思いっきり遊びました。

それから、ブラフの西洋館巡り。

今は、各館で「世界のクリスマス」をテーマに

いろんな展示をしていて、とてもステキ。

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まずは「エリスマン邸」、

「白い世界のクリスマス」、スイスです。

ハイジが大好きなもんすてら。も大喜び。

ユングフラウ鉄道の紹介には

アニメが使われていました。

あれはもう、日本だけのものではなく、

原作と並んでの世界的な名作ですから。

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続いてお隣、私が好きな「べーリックホール」、

スペイン風の建物ですが、テーマはフィンランド、

サンタクロースのお膝元ですね。

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「ブラフ18番館」は「水の帝国」

ベルギーのクリスマスです。

お菓子が可愛くて美味しそう。

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並ぶ「外交官の家」はドイツ、

「ロマンティックカントリークリスマス」

ちょっとあか抜けないけど、

暖かくて質実剛健な雰囲気が心地いいです。

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自然界からも負けてません。

満月がぽっこり、

ブラフの丘、ベイブリッジ、マリンタワーと共演です

(私のウデのせいで手ブレが残念)。

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そして最後に、私が大好きな氷川丸。

メリークリスマス

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水上のメリークリスマス

子もんすてら。は海好き魚好き

私がそうさせた、と言っても過言ではありませんが

(「私の英才教育」想定外の成果です)。

ならば、この方向で本気で伸ばしてあげたいと思い、

京急油壺マリンパークのフリーパスを買いました。

で、ここ2か月くらい、毎週のように行ってます

(フリーパス買った側としては、元が取れていいけど)

中でもお気に入りなのが、イルカ・アシカショー。

今やすっかりバンドウイルカにご執心で、

将来の夢はイルカトレーナー

(2歳から3年間抱いていた

「小田急ロマンスカーの運転手さん」は遂に消えました。

今でもロマンスカー好きな事に変わりはありません)

今は、クリスマスにちなんだショーをしていて、

何と、アシカのオルガンとイルカのコーラスで

ジングルベルが聴けるんです。

音もほとんど外さないし、結構感動…。

ダイナミックだったり、面白かったり、

毎回行っても飽きないものですね。

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このおねえさん、(顔は出せないけど)

アシカとのコンタクトがとっても楽しそうで好感

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最後に、

帰り道に寄った地元八景島シーパラダイス。

こちらもまた、見事です。

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忘れちゃいけないあの日・・・

今日は1217日、今年もあと2週間ですね

師も走る師走の忙しさにかまけて、

恥ずかしながら私は、

あの日が過ぎた事に気づきませんでした。

128日…、

69年前、日本はハワイの真珠湾を空襲し、

これを契機に太平洋戦争が勃発した日です。

815日、

終戦記念日を意識しない人は、あまりいません。

それは、テレビや新聞から

嫌でもその情報が流れてくるから。

でも、対極にある真珠湾攻撃の日を

忘れてしまう人は、私だけではないでしょう。

日本人にとって、終戦ほどの重みはないようです。

でも、忘れていた自分を棚に上げてしまいますが、

私はこの日から学べるものは、

終戦の日以上だと思っています。

何故なら、終戦(敗戦)は避けられなかったけど、

開戦は「避けられた」から。

私が、あの戦争から最も学びたいことは

「何故、戦争を避けなかったか」

言い訳でもいいから、

開戦に至る判断をした人・それに賛成した人の

言い分が聞きたいんです。

戦争をすることで、どんなメリットを見込んだか。

それは、あの戦争を正当化したいからではありません。

これからも起きるであろう平和に対する障害、

例えば、貧困であったり、他国との衝突であったり。

戦争って、(少なくとも大義名分は)

それらに流されて「戦争するしかない」

って判断から起きるものだと思います。

そんな時、戦争の悲惨さだけを訴えても、

「背に腹は代えられない」で押し切られてしまうでしょう。

だから私は、戦争の悲惨さ以上に、

そのメリットについて知っておきたいんです。

日本が真珠湾を攻撃するに至った時、

このメリットとデメリットが激しく衝突したはず。

そこには、平和を守るためには学ぶべき

素晴らしい反面教師がいるはずです。

それに、私は知っています。

どんな状況下、戦争にどんなメリットがあると知っても、

平和に勝るメリットはみつからないことを。

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保育士=心のきれいな職種?

昨日、行った研修で、講師の先生がおっしゃった話。

「日本には3万の職種がありますが、その中で、一番

「心のきれいな職種」が幼稚園・保育園の先生なんです」

半ば冗談、半ば真面目な話として、ですが

実はこれ、結構重要なキーが含まれている気がします。

何を「きれいな心」とするかはともかく、

子どもの心は大人よりもきれい、

これは誰もが同意するでしょう。

この、子どもたちに接する人たちの心、

汚れていたら嫌ですよね。

嫌と言うのは、単なる好き嫌いではありません。

私は、育児や保育は、単なる技術ではなく、

「心を込めること」が大切だと考えます。

どんなに優れた技術や器具を用いても、

保育者の心がこもるかこもらないかは

絶対に子どもに伝わりますから。

つまり、「心」は幼稚園教諭・保育士にとって

一番大切な資質(商売道具)なんです。

では、この「きれいな心」は

どうして培われてきたのでしょうか。

かわいくて心のきれいな子どもに囲まれているから?

確かに、それは最大の理由でしょう。でも、

それだけなら、恐らく子どもよりももっと純粋な、動物、

これを相手にする人は聖人君子になっちゃいます。

だから、囲まれている事だけが理由ではないんです

(動物相手の人も、心がきれいな人は多いでしょうし、

やはり必要な資質かもしれませんが)

誤解を恐れずに言えば、幼稚園教諭・保育士の仕事は、

世間一般から見ると、「仕事っぽくない」。

それがもう一つの理由ではないでしょうか。

幼稚園教諭・保育士は、幸か不幸か、

あまりお金やサービス、ビジネスライクな事を

考える必要性に迫られてきませんでした。

目の前の子どもと保護者にだけ向き合っていれば、

ほとんど仕事ができてしまう、そんな環境です。

だから、世界が狭いとか、常識がないとか、

そんな事も言われてしまいがちですけどね。

これは必ずしも良い事ではないけれども、

結果的に、心を汚されずに済んできた、

その職種に最も大切な資質を保ててきたのは確かなんです。

今、保育制度は、自由契約に変えられようとしています。

保護者に選ばれるサービスを提供できる、

そんな業者が勝ち残る時代が始まるかもしれません。

その理由の一つが、上に挙げた、

ちょっと世間から見たらずれてる労働環境と、

それを可能にしてしまっている保育制度が、

民間からかけ離れている、これを是正しようと言う考え。

ちょっと公務員に向けられる目と近いですね。

その論理には一理あると思います。

でも、ここで言う世間、つまり経済社会のジョーシキが

必ずしも正しいと言う訳ではないでしょう。

そして、保育をビジネスとした時に、幼稚園教諭・保育士が

「きれいな心」を保てるか、疑問が消えません。

未来を担う子どもの環境、それは

経済社会のジョーシキよりも軽いものなのでしょうか。

大人の社会に子どもの環境を合わせるのがいいか、

子どものために大人が変わるのがいいか、

私たち大人の度量が問われている気がします。

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虫の知らせに素直になろう

虫の知らせ、第六感、

誰でも感じたこと、あると思います。

私も、この辺、決して鋭い方ではないと思いますが、

なるべく虫の知らせには素直になるようにしています。

これを、「非科学的」って切り捨てる事もできます。

が、「非科学的=真実ではない」のでしょうか。

人間以外を見てみましょう。

荒天の前にツバメが低く飛ぶ、地震の前に魚が騒ぐ。

これらはある程度、科学的に説明する事が出来ますが、

もちろん、鳥や魚は科学なんて知りません。

私たちの虫の知らせに近い行動でしょう。

それでも、彼らは結果的に、こうして身を守っています。

同じように、私たち人間にも

「何となく」危険を察知する能力があっても

何らおかしい事はありません。

そして、虫の知らせは、当たるのでしょうか。

私も、虫の知らせに逆らった事、たくさんありますが、

逆らって良かった、って感じる事もあれば、

虫の知らせに従って後悔した経験も、あります。

同様の経験は皆様、あるでしょう。

私の経験で言えば、虫の知らせの成功率は、

恐らく50%前後ではないかと思います。ならば

「従っても従わなくても、損得は同じ」でしょうか?

いえ、それはお門違い。

私たちの人生、実は「成功の連続」なんです。

成功が当たり前なので、感じにくいのですが。

野球の投手が、打者を抑えて当たり前、

打者が打率5割なら、投手は完敗なのと似てます。

「今日一日、怪我も落し物も犯罪にも遭わなかった」

「仕事で大きなミスせず、誰とも諍いをしなかった」

それだけで、今日一日、成功だったと思いませんか?

私たちの生活は、そんな小さな成功の繰り返し。

そして、虫の知らせはこの綻びを予め知らせてくれる、

私たちが生まれ持った能力だと思います。

先ほどの、鳥や魚の例で言えば、

彼らは、一度の失敗で命を落としかねません。

「生きる」と言うこと自体が、成功なのです。

転ばぬ先の杖。

虫の知らせを無視して(シャレじゃありませんよ)

大きな後悔をするくらいなら、虫の知らせに素直になって、

時には小さな後悔をするくらいの方が

きっと、平穏で楽しく暮らせる気がします。

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我が家の「芋粥」

芥川龍之介の「芋粥」と言う話をご存知ですか?

さえない主人公の唯一の楽しみ、大好物の芋粥を、

「一度でいいから食べ飽きてみたい」と言ったところ、

意地の悪い人に「それなら」と山のように出され、

1杯も食べられずに厭になってしまった、

ただ一つの楽しみさえも、失ってしまった話です。

先日、これと似たことがありました。

子もんすてら。は煮干しの頭が大好き。

お腹ははらわたが苦いし、尻尾は口に残る、

頭は比較的噛みやすいし、味もマイルドですから。

偏食のもんすてら。にとっては、

数少ない「大人から見ても好ましい好物」。

私も、「頭いっぱい食べたら頭良くなるかな」

って考え(安直!)、たくさん食べさせています。

それは即ち、お腹から下を私が食べたり、

椀物の出汁に使ったり、なのですが、

なかなかもんすてら。の食べる量がつくれません。

「頭だけいっぱいあったらいいのにな」

ところが、私の母が、やってくれました。これを。

やはり、昆布と一緒に椀物の出汁を取る時の煮干し、

この頭だけは使わず、全部とっといてくれてました。

実家に帰った時に見た、タッパーに大量に入った

煮干しの頭、頭、あたま、アタマ…。

写真は撮りましたが、掲載はしないでおきますね。

あまり素敵な景色ではないので。

で、最初は喜んでいたもんすてら。も

すぐに、「もういい…」

マズイ、数少ない好物が消えてしまう、

で、提供量の調整をしました。

ひとまず、嫌いにはならなかったものの、

一時の「好き」は醒めてしまいました。

あぁ、「芋粥」だなぁ、と感じたエピソードでした。

追記

海や魚が大好きな我が子もんすてら。

今や魚の先生です(私より詳しいかも)

煮干しのことも、「カタクチイワシ」と呼んでます。

笑えますか?それとも、親バカですか?

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