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2011年3月

地震とエコと経済と~私の悲観 Ⅰ

今回の記事、まだ自分の中では

まとまっていないながらに書きます。

書きながら、少しは頭が整理できるかな…。

今月の初めに「究極のエコ?」なる記事を書きました。

そのきっかけになった思いの一つは、

「何でもかんでもエコの大合唱だなぁ」って感じたこと。

でも、それを言っている人やっている人、

「エコ」って言われる商品を作ったり買ったりする人、

その思いには環境保全へのピュアな思いもあるのでしょうが、

私は、疑問だらけでした。

そんなんで本当に環境は保全されるの?

どこか、お遊びというか流行の空気を感じました。

それが、今回の地震で一変しました。

まず、「エコ」なんて言葉は死語になりました。

誰も口にしません。

それでいて、みんなで節電して、

車の運転や不要不急の外出を控えている、

皮肉なことに、エコの大合唱時代よりもずっと

エコな生き方をしていると思いませんか?

私は以前から「科学技術ではエコはできない」と考えていました。

科学技術が全てダメというのではありませんが、

それはあくまでも補佐的なもの。

主体は私たちの生活意識だろう、と。

これだけ紙面をにぎわす原発だって、
昨年の閣議決定でCo2排出量が少ない、
つまりエコな資源とみなされました。
「えっ、原発がエコ?」って感じですよね。

でも、数字だけを切り取ってみるとこういう判断になりかねません。

技術だけだと、何かを落としてしまうんです。

とは言え、私たちが環境保全のために、

自分たちの生活レベルを落とそう、

と言うのも、机上の空論でしょう。

だから、技術でも私たちの生活でも、

抜本的な環境保全は無理、

どこかで破滅的な変化がない限り、

自然環境の悪化は止まらないだろう、

悲観的ですが、私はそう考えていました。

昭和日本の帝国主義が、敗戦で潰えたように。

続きは、次回に書きたいと思います。


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電気に頼り過ぎていませんでしたか?

今回の地震で、被災地の惨状は言わずもがな、

首都圏も大混乱しています。

元より中東情勢やオイルマネーによる原油高騰、

これに地震による原発事故も加わって、

オイルショックに電気ショックが加わった感がします。

それにしても、今までの私たち、

あまりに電気に対して、無神経ではなかったでしょうか。

深夜も煌々としているコンビニ、

進化する携帯電話、パソコン、

デビューの出鼻をくじかれた新幹線も

省資源技術を活用しているにせよ、

電力を大量に消費するものに違いありません。

エコの先鋭のように思われていた、

プラグインの電気自動車やオール電化の家なんて

言い方悪いけど、今や冒涜みたいなもんです。

今、危惧される原子力発電所は、

そんな電力需要に応えるもの、

私たちの生活が、原発を稼働させていた

と言っても過言ではないでしょう。

今、首都圏では計画停電や鉄道の削減などで

不便と混乱を極めています。

繁華街や店舗は暗いし、賑わいもありません。

でも、みんな何とかやっています。

やればできるんです。

今の状況が解決して、元の生活に戻りますか?

そのためにはまた、原発の稼働が必要です。

もう一度、こんなリスクを負いますか?

のど元過ぎれば熱さを忘れます。

混乱にあえぐ今だから、私は言いたい。

不便だけど、何とかなる。

今までが、便利すぎたんです、明るすぎたんです。

でもそれは、原発のリスクと引き換えのもの。

尊い犠牲を払った今回、それくらいは学びたいものです。

最後に、犠牲になった方にお悔やみを、

被災された方にお見舞いを申し上げます。

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一足早く~三浦から

春ですねぇ、と実感できる日よりも

(?)を疑う日の方が多い気もしますが…。

でも、横浜・東京ではまだでも、

三浦には、春は確かにやってきています。

河津桜と菜の花

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京浜急行の電車は、終点近くになると

こんなお花の並木道の中を走ります。

子もんすてら。も私も電車、好きです。

以前も書きましたが、

「何が一番、カッコイイと思う?」と聞かれたら

迷わず、「小田急ロマンスカー」と答えます。

でも、最近思うんです。

やっぱり私は、地元の京浜急行が好きだなぁって。

何て言うか、気持ちが安らぐって言うか、

ロマンスカーに対する思いが恋だとすると

京急に対しては「愛」って言うんでしょうか。

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この日は風がとても強く、

椰子の木が、花輪君の髪型みたい()

そして夕方、さっきの場所からは

桜と富士山の共演も見れたりして。

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再投稿~「ゆりかごのうた」に注ぐ母の愛

2年以上前に書いた記事をひっぱり出しました。

「歌は器」と思います。

気持ちや心を注ぎ、

誰かに差し出す「心の器」。

やさしい歌詞と旋律、

幼な子を慈しむ母の愛を注ぐには、

この歌に優る器はないでしょう。

大正時代に作られ、平成の今に至るまで、

どれだけの愛がこの器に注がれたでしょう。

どれだけの子が、この愛を注がれたでしょう。

子もんすてら。が乳児だった頃、

寝かせつけによく、この歌を聴かせました。

「かなりや」の箇所の音が低すぎで、

寝つきの悪い夜は

咽喉が痛くなった覚えがあります。

この歌がつくられた頃に思いを馳せました。

大正時代中頃。

大正浪漫、なんてハイカラな雰囲気もあれば、

終盤には大震災があり、

そして昭和の軍靴が聞こえてきそう。

そして、当時この歌で育てられた子は、

どんな人生を歩んだのでしょう。

ちょうど、成人するか、しないかの頃、

日本は戦争を始めます。

戦場で散った方、

沖縄で自決された方も、

させた方もいるかもしれません。

外国で苦しんだ方も、

現地の方を苦しめた方もいるでしょう。

飢えに苦しんだり、大切な人を喪くした方、

たった今、この歌で寝ついたばかり、

「あつい」という言葉も覚えていないのに、

B29の焼夷弾で焼かれた幼子もいたはずです。

日本中、大勢の方がこの歌で育てられたはず。

いろんな人生が待ち受けていたのでしょうが、

間違いがないのは、

「この歌を聴かせた母親は、

そんな人生を願ってうたった訳ではない」

ということ。

国際関係とか、政治とか経済とか、

赤とか白とか右とか左とか、

詳しいことはわかりません。

ただ、子どもの笑顔と寝顔、

これに優る富はありません。

私は、祈ります。

ゆりかごが二度と

乱暴に揺すられないように。

66年前の今夜、東京の下町に

おびただしい焼夷弾が降り注ぎ、

隅田川は2度目の「死の運河」となりました。

私たちは、過ちを繰り返さないことでのみ、

過去の償いと弔いができるのではないでしょうか。

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戦前につくられた日本最古の地下鉄、銀座線。

焼夷弾に遭わないこの電車で避難して

助かった方もかなりいるそうです。

地の下のゆりかご、と言えるかもしれません。

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究極のエコ?

昨日から3月ですね。

芽吹き啓蟄花粉症、

嫌でも自然の営みを意識する季節です。

自然と言えば、今、私たちの周りには、

「エコ」なる概念が飛び交っています。

飛び交うという言葉があまりに当てはまるほど、

いろんな局面で出てくるもの。

例えば、ゴミの分別なんて当たり前、

エコマークの商品を買って使うとか、

ハイブリッドや電気で走る自動車に乗るとか、

トイレの便座の蓋を閉めてヒータを切るとか、

冷蔵庫の中身をなるべく整理するとか、

挙げればきりがありません。

でも、「エコ」ってそもそも何?と考えると

生産的なものでは絶対にないんです。

どんなに頑張っても足し算にはならなくて、

引き算の減数をなるべく小さくできるだけ…。

だから、いろんな「エコ」ができると言う事は

それだけ私たちが、環境に負担をかけている

って事実があるに過ぎません。

と考えた時に頭をよぎるのは、

「私たちは環境にとって、寄生虫みたいなもの」

と言う切ない事実。

環境にとって、私たちにできる最大の貢献は

「死ぬこと、絶滅すること」なんです。

これは真実でしょう。科学的にも正しいと思います

(そしてそれは、2000年以上も前に仏教では「業」、

キリスト教では「原罪」として扱われてきました)。

この事実の前には、

「エコ商品を買ってエコに貢献しよう」なんて

体のいい宣伝文句にしか聞こえません。

ですが、これは本当に正しいのでしょうか?

理屈では言えないけど、私は間違っていると思います。

「エコ」なんて言ってるのは人間だけ。

その人間が、自分を否定する結論を出すのは、

たとえ世界中の動植物が喜んでも、間違ってる。

やり方はいろいろあるにせよ、

私たち人間が提示する方法は、

人間と自然が共生できるものでなければいけない、

人間が自然に感謝できなければならない。

私たちが、環境に貢献できる、って思いあがりや

エコ商品を必要以上に消費するのは誤っている、

答えはこの両方の間にあるのではないか、と思います。

春のぼやきでした。

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