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2011年4月

昨日は誕生日でした

前回の記事で扱った「荒城の月」、

テーマを乱暴にまとめてしまえば、

「侘び寂び」または「盛者必衰」でしょうか。

日本人以外には、理解しづらいテーマ、

だからこそ、日本人のアイデンティティに

しっかり根ざしていると思います。

でも、私もこれらは大好きですが、

もっと好きなものがあります。

それは、言葉で表せば「どっこい生きてる」

逆境でも、目立たなくても、

めげずに生きてる底力の強さが大好きです。

これ、「盛者必衰」と一見逆のようですが、

「盛者は衰えるけど、雑草は変わらず伸びるよ」

と言う、表裏一体のテーマと言えなくもありません。

「荒城の月」の歌詞にも描かれる、

松や葛は、どっこい生きてますからね。

さて、私が大好きな船、氷川丸も、

「どっこい生き延びた」船、でしょう。

日本横浜と、米国シアトルを結ぶべく造船されながら、

戦時中は病院船に改造され、

幾度の魚雷を受けても沈まなかった。

戦後は引揚船として活躍し、幾多の命を救いました。

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そして平成、みなとみらい地区の隆盛の陰で、

廃船の一歩手前までいきました。

それでも生き残り、

昨年425日には、80歳の誕生日を迎えました。

横浜と言う、氷川丸の2倍に満たない浅い歴史、

その出鼻を挫いた関東大震災、

その瓦礫でつくった山下公園が母港、

何だか、震災から立ち直ろうとする今と

氷川丸の人生(船生?)にはつながりを感じます。

「どっこい生きてる」どころか、

ずいぶん派手な存在になっちゃいましたが、

必衰の「驕れる平家」ではなく「大器晩成」。

押しも押されぬ横浜のシンボルに、

心から「81歳おめでとう」と言いたい気持ちです。

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もう、大海原は走らないけど、

過去を背負うからこそ、

未来に向いたスクリューが止まることはない、

そんな気がします。

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荒城の月

作曲 瀧廉太郎 作詞 土井晩翠

春高楼の花の宴 巡る盃影さして

千代の松が枝分け出でし 昔の光今いずこ

秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて

植うる剣に照り沿いし 昔の光今いずこ

今荒城の夜半の月 変わらぬ光 誰がためぞ

垣に残るはただ葛 松に歌うはただ嵐

天上影は変わらねど 栄枯は移る世の姿

映さんとてか今もなお ああ荒城の夜半の月

昨年の日、この歌についての記事を書きました。

お花見に代表される現代人の乱痴気と、

その後、満開の枝が装った雪化粧、

そこに見られる人の傲慢さと異常気象に、

この歌の戒めを感じた思いがしたものです。

そして今の日本を取り巻く状況、

今一度、自分の記事を読み返し、

手前味噌ながら、背筋が寒くなりました。

さて、薄気味悪い話はおいといて…

実は私、この歌の作曲者、瀧廉太郎のファンなんです。

そこで、今日はこの歌について少々。

この歌のモデルとなったお城はどこか、

諸説ありますが、以下の2説が特に有力だそうです。

ひとつは、瀧廉太郎の故郷、大分の竹田城と言う説、

それから、土井晩翠の故郷、仙台の青葉城と言う説。

歌詞にも曲名にも、固有名詞は書かれていないので

私は「両方でいいじゃん」と思いますが、

強いて言うなら、私は青葉城だと思います。

何故なら、この歌は詩が先につくられたから。

その詩を載せるように、後から曲がつくられたんです。

ならば、土井晩翠のイメージをくみ取る方が、

自然な気がします。

(あくまでも、私がそう感じているだけです)

なお、「千代」は「せんだい」にかかっているそうです。

ところで、桜の季節、私の住む横浜や東京は、

あっという間に過ぎ去ってしまいました。

今、桜前線はそれこそ青葉城のあたりでしょうね。

幸か不幸か、かの地にこの歌が似合う時は

今をおいてないのではないか、と思います。

いえ、照明の消えた首都圏だって同じです。

ですが、花の命は短いけれど、

光豊かな歳も乏しい歳も咲き誇る桜、

人の世の儚さに比べれば、何とも頼もしいもの。

被災地も、日本全体も、一度は傷ついたけど、

もう一度花を咲かせてくれたら、と思います。

話は飛びますが、

先日、山下公園でこんな写真を撮りました。

マリンタワーにかかる飛行機雲。

タワーを中心に、「Y」を描いています

(よく見れば「X」ですが…)。

一度は取り壊しの危機に遭いましたが、

やっぱり「YOKOHAMA」のシンボルですからね。

今は、照明を発光ダイオードにし、時間を短縮して、

消費電力を99%カットしているとか。

入場料の半分は、義援金に寄附されるそうです。

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わたしたちのこころがまえ

未曾有の…、挙国一致、救国大連立、

節電、自粛、「がんばろう日本」、

震災以来、よく聞く言葉です。

なるほど、確かに大変なことがあったし、

頑張らなきゃいけない、我慢しなきゃ。

それは分かります。

これらを叫ぶ声には、真摯な思いもあるでしょう。

でも、どこかで「酔っている」人も多いと思います。

と言うのは、

被災者や復興支援に携わる方ならいざ知れず、

そうでない大多数の人がすべきこと、

私たちの社会があるべき姿は、

地震があろうとなかろうと、

ほとんど変わりがないのではないか、

と思うからです。

-挙国一致・大連立-

一時、政治の世界では大連立が模索されました。

でも、それが政治のあるべき姿でしょうか。

多数の政党が牽制し、切磋琢磨、高め合う、

それが私たちの民主主義だと思います。

よく見られる、足の引っ張り合いは論外ですが、

与党と野党、異なる立場だからできる、

そんな提案があるはずです。

これは、経済にしてもその他にしても同じこと。

それを、安易に「みんなひとつ」と括ってしまうことは

健全なシステムを壊してしまう事になりかねません。

「みんな違ってみんないい」は、

子どもから大人の世界まで、例外なく適用されるべきです。

-節電-

電力供給がひっ迫しているのは分かります。

でも、節電すべきだったのは震災前も同じこと。

それを、どこか「まぁいっか」があっただけ。

夜は暗いものなんです。

健康な人間は、階段を登ればいいんです。

目的もなくテレビをつける必要はないんです。

そんな当たり前のことを、

忘れていただけじゃないでしょうか。

-自粛ムード-

いろんな事が不謹慎と言われていますね。

お花見、パチンコ、バラエティ番組。

でも、今が不謹慎ならいつだって不謹慎なんです。

本当にそう思うなら、卒業するべき。

そう思わないなら、それなりにあってもいい。

自粛したって被災者が助かる訳じゃありません。

雰囲気に酔って、損失を受けた景気を

一層冷え込ませてどうする?と言いたいところです。

-がんばろう日本-

悪くないフレーズだと思います。

頑張りどころだとも思います。

でも、何を目指して頑張るのか、

一向に見えてこない。

そもそも日本人、頑張りすぎと言う人もいました。

もしかしたら、「がんばらなくていい社会」を

つくるように頑張るべきかもしれない。

まずは、方向性を模索することを頑張るべき、

私はそう思います。

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地震雲?

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昨夜の地震、どうでしたか?

私はもう、感覚がおかしくなっているのか

お風呂に入っていたんだけど、

「あ、もうこれくらいならどうでもいいや」って

平然と入浴し続けました。

こう言う慣れが危険なのかもしれませんね。

ところで、先日の日曜日、

三浦に行った時、変な雲を見ました。

空に食パンが何枚も立てて置いてあるような。

しかも、この雲は三浦上空だけ、

隣の横須賀の上空にはなくて、

「ひょっとして地震雲?」なんて思ってしまいました。

関東大震災の震源地もこの辺だし。

まぁ、素人判断しても仕方ないので、あまり気にせず、

備えはしっかり、生活はいつも通り、

を心がけていますが。

それと、今回の地震以降、

私の住む横浜や金沢では、

津波を危惧する声がよく聞かれます。

が、ハッキリ言って、

私はあまり津波を恐れていません。

三陸とは地形が違いますからね。

ああ言う破壊的な津波の被害は

湾の奥にはまずないと思います。

その代わり、みんな忘れているなぁ、

と感じるのが、津波と似た高潮。

横浜・東京は、こっちの方を

気をつけた方がいいのではないでしょうか。

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地震とエコと経済と~私の悲観Ⅱ

我が子もんすてら。がちょっと病気になり

ここ数日、東京の自宅から横浜の職場まで

バイクで通勤していますが、驚いたことに、

ほっとんど渋滞に遭わないんですね。

ガソリンも高いけど、電車の本数も少ないんだから、

混んでもおかしくないのに。

さて、地震の影響はそこここに出ていますね。

計画停電、買い占めと店頭での商品不足、

陸海空への放射線の影響、円高と株安…。

世の中の歯車は、少しずつ、

元のように回り出しているようですが、

私は、本当に大変なのはこれからではないか、

と感じています。

景気の話でよく言う、「二番底」ってヤツですね。

原発の動向は一進一退ですが

被災地の復興や発電所の復旧は、

急ピッチで進められるでしょう。

でも、当然ですが、亡くなった人は帰ってきません。

津波に呑まれて消えた会社も、同様です。

株安・円高や停電等による不便さ、

風評や買い占め・買い控え等による

需給のバランスへの影響等も

企業の倒産や失業を促進するかもしれません。

土地・設備・従事者に壊滅的な打撃を受けた農漁業、

元から高年齢化・後継者不足が問題でしたから

工業やサービス業よりも復興は難しいでしょう。

海や土壌の放射能汚染や風評も拍車になるかもしれません。

日本の、低い食糧自給率は一層下がるでしょう。

これらが、ボディブローのように、

後からじわじわと日本社会に効いてくるでしょう。

そう、東北地方は、まさに日本のボディなんです。

そこにこれだけのダメージを受けた日本、

もう、前のようには戻れないでしょう。

朝の東京の幹線道路が空いているのも、

その予兆かもしれません。

今回の地震は、終わりの始まりではないでしょうか。

随分と悲観的なことを書きました。

でも、いたずらに不安を煽っている訳じゃありません。

思うんです。地震の前は、パラダイスだったか。

それまでの私たち、憑かれたかのように

明るさや楽しさ、便利さを追い求めていました。

その結果が原発を必要とする電力の消費や大気の汚染に

つながっていたのは、言うまでもありません。

自然環境だけでなく、私たちの身体の機能や精神も

蝕まれつつあったと思います。

何でもかんでも電気じかけで、

身体を使う機会はどんどん減っていきました。

テレビの深夜放送やコンビニは、

健全な生活リズムを奪ってしまいます。

私は、こうした生活は

「ただちに」ではなくても破滅的だと考えます。

幸か不幸か、地震の影響は私たちの生活を一変させました。

暗い町、不便な生活、家族一緒の時間、

「三丁目の夕日」ではありませんが、

昭和30年代を思い出す方も多いようです。

このままでいい、とは思いませんが、

ここから何か、今までとは違うことを始めたらどうか、

と思います。

終わりの始まりを、新しい時代の始まりにしませんか?

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