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2011年7月

自分の考えを整理

日々、いろんなことを考えて生活しています。

それは、仕事、育児、家事、人間関係、このブログ、

私のいろんなところの根本なのですが、

そもそも自分の基本的な考えって何だろう、

って自問自答したりします。

生活のいろんな局面に、って言うけど、

別に憲法みたいな条文がある訳じゃないし、

その時その時、自分の都合のいい方向にやってるだけ、

って可能性も否定できません。

で、整理してみました。

以前にも書きましたが、

私の最大のテーマは「つながり」

人は自然と繋がらずに生きていけません、

でも、一人じゃ自然の脅威に負けてしまうので、

人と人との繋がり、絆も同じくらい大切です。

親が祖先が命を繋いでくれたから自分がいるし、

子に子孫に命を繋がなかったら人類滅亡です。

命だけでなく、先人や隣人から受け継いだ

知や文化なども私たちの「生」に彩りを添えてくれます。

でも、「つながり」は全てではありません。

前世紀前半、「お国」と言う繋がりの元に、

日本人は辛酸を嘗めました。

「つながり」のある中で、「私は私」と言うのも

同じくらい、抜き差しならないテーマなんです。

実際、毎日一緒に何十年いても、

他人の思考を覗き見ることは、できないんです。

理性は、「つながり」を絶たれているんです。

この、相容れない両テーマ!どうします?

一方を重んじて一方に気づかない人はいます。

私が好きな西洋の哲学者たちの多くは、

理性を重んじて「つながり」にあまり触れません。

日本人は事あるごとに、「つながり」を暴発させて

個々人の違いを無視してしまいます。

「お国のため」「日本は一つ」「○○ジャパン」なんてね。

でも、どちらも大切な両テーマ、

一方のために一方を捨てるのは賢いとは思えません。

そこで、私はこう考えることにしました。

・「私」が存在する前から世界は存在している(当然だ)

・その世界はいろいろと「つながっ」ている

・「私」は、へその緒みたいにこの世界と

「つながっ」て生きている(じゃないと生きられない)

・でも、「私」の理性は独立している。私は私

・「私」は幸せに生きたいから、この「独立した理性」で、

世界との「つながり」を模索して、大切にする

ほっといたら、

「私は私」か「つながりだらけ」に流れちゃうけど、

「私は私」の「私」が「つながる」ことで生きる、幸せになる、

と言うのが、今のところの整理です。

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世界遺産級のLaniKaiⅢ

小笠原ツアーの現地2日目、

特に何かのツアーに参加するでもなく、

トボトボ近くの海を散策&シュノーケリング。

おなじみの八丈島は車がないとどこも行けないけど、

父島は宿(中心街)から徒歩や自転車ですぐ、

素敵な海に出られる、普段着のフルコースです。

午前中は、兄島に面した宮之浜、

サンゴや魚が見たかったらここ、と島の人イチオシ。

自転車で山を越えること10分、の甲斐はありました。

海に入る前に、この景色に圧倒!

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もちろん海中だって期待を裏切りません。

たくさんのサンゴ、さんご、珊瑚…。

「漁夫の利」で知られるシャコ貝もいます。

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フウライチョウチョウウオ。

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宿に戻ってお昼ごはんを食べ、ちょっと休憩。

夕方からは徒歩1分の場所にあるビーチパークであそんで

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おが丸に見守られ、目の前にある海へジャボン!

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ニザダイ、キイロハギ、ロクセンスズメダイ…、

市街地なのに、海の中はお魚たちの天国でした。

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それからこちらは小笠原ツアーの2週間前、

子もんすてら。と観光バスツアーで上高地に行ってきました。

大正池

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オシドリ夫婦?

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田代池

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そして上高地の象徴、河童橋

本当はこの後ろに雄大な北アルプスが見えるはず(残念>_<)

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亜熱帯の海と標高1500mの信州上高地、

同時に眺めてみた印象、如何でしょう?

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短冊への思い

今日は七夕ですね。

短冊に願い事、書きましたか?

私は、子もんすてら。のここなつ保育園と

職場のぱいなぷる保育園と、

両方の園で書きました。

内容は、

「世界の海がいつまでも豊かで美しくありますように」

別に、自分の趣味のフィールドのためじゃありません

(それもあるけど)

私たち人間が幸せに生きていくためには、

自然が豊かであることが不可欠だから。そして、

海が豊かでないと他の自然も豊かにはなれない、

他の自然が豊かでないと海も豊かにはなれない。

その思いを込めてこんな願いを書きました。

でも、今の一番の願いは違うんです。

実は昨日、ショッキングな場面に遭いました。

夕方、もんすてら。を迎えにここなつ保育園に入った時、

目の前の階段の中断、高さ2mくらいの危ない場所

(もちろん立入禁止)で遊んでいる子がいて、

次の瞬間、転落してきました。

大きい子なら取れたであろう受け身もせず、

人形が落ちるように、床に落ちてきました。

既にママがお迎えが来ていた子でもあり、

その場に保育士はおらず、私が対応しました。

もちろん、駆けつけた保育士と連携して、救急車を呼び、

その子はママと病院に行きました。

今朝、もんすてら。を送った時点では、

その後の経過の情報はまだ、保育園に入っていませんでした。

誰が悪い、なんて言うつもりはありません。

園舎の構造、目を離したママや保育士も責任あるでしょう。

私だって、感謝はされているけど、

もう一歩早く察知して駆けつければ、

床で受け止められたかもしれません。

ただ、今書きたいのはそんな事ではありません。

「あの子が無事でいますように」

本当の短冊には書けないから、

せめてここで、そう書かせて下さい。祈らせて下さい。

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