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2012年1月

「絆」という言葉

あけましておめでとうございます。

って言葉が白々しいほど、

ずいぶん投稿をサボってましたね。

何しろ、公私ともに多忙だったもので…。

4年前の元旦にこのブログを開設したので、

最初の投稿は何となくアニヴァーサリー的な

気がするのですが(私が勝手に思っているだけね)

さて、何を書いたものか、と悩んだ末、

昨年の「今年の漢字:絆」について書くことにしました。

私はどうも、この「絆」という言葉を聞くと

興ざめというか、へそ曲がりな性分が呼び起されます。

似た反応を示すのが、オリンピックなどの時に

みんながこぞって使う「感動した」なんですが…。

これについて思うところを書かせていただきます。

絆って言葉、美しいですよね。

美しいっていうと、なくてもいいイメージですが、

人間は、社会的動物ですから、

絆なくして生存すら難しい。

美しいというより、不可欠なんですね

(そもそも人間は本来、自分に必要なものを

「美味しい」とか「美しい」と感じるように

できているのでしょうが)

一方で、人間が昔から築いてきた大切な価値観に、

「個人主義」があります。

よく「利己主義」と混同されますが、

「みんな違ってみんないい」の基本ですね。

これは「私は私」ですから、

「絆」とはどうも相性が悪い。

私たちは、「絆」と「個人」の背反する命題を

同時に突き付けられている訳で…。

この矛盾した命題から、私たちは逃げちゃいけない、

どっちかを疎かにしちゃ、いけないんですね。

その「葛藤」こそが何より大切だと思うんです。

ところが、「絆」って言葉が呪文のように叫ばれる時、

どうもこの「葛藤」を忘れている人が多い気がしてなりません。

「絆」の一方通行は、いつの間にか、

個人を押しつぶしてしまう事になりはしませんかね。

最後に、先ほど書いた「感動」と言う言葉。

今年も、大勢が口にするんでしょうね。

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