心と体

酔ってませんか?

横浜ではもう、終わり間近ですが、

日本全国でお花見のシーズンですね。

私も日本人。桜は大好きですし、

似たようなものでも、ピクニックは大好きですが、

私はどうも、お花見の光景が好きじゃありません。

あの、花の盛りの下で、ほとんどそれを愛でずに

繰り広げられる乱痴気騒ぎに感じる違和感、

同じ思いの方も、多いんじゃないかと思います。

似たような違和感を、オリンピックでも感じます。

バンクーバーの熱狂から、2カ月経ちました。

今回に限らず、五輪の際によく使われる言葉、

「感動しました」に、やはり違和感を覚えます。

あの時、「感動」して、今、自分に何か、

それ以前とは違う劇的な変化がありましたか?

例えば、同じあるいは違う種目に挑戦している、とか

アスリートの奮闘を励みに、自分は自分のフィールド

(仕事なり勉強なり家事・育児なり)を頑張る、とか

スポーツや人間、国際社会に対して、観方が変わった、とか。

「感動」とは、そういうものだと思います。

何らかの形で、その人を衝き動かすもの。

もし、それがないなら、それは「陶酔」でしかありません。

乱痴気騒ぎ、醒めたら何も残らない「陶酔」。

さしずめ、テレビを見て泣くのは、酒席の泣き上戸でしょう。

一流のアスリートの演技・競技には、

確かに、観た人を感動させる力があると思います。

ただそれは、登り詰めたアスリートがそうであるように

日々の継続の上にあるものではないでしょうか。

それまで知りも見向きもしなかった競技で、

ちょっとテレビや雑誌で観ただけで得られる、

そんなインスタントなものが「感動」でしょうか。

百歩譲って、それだけ立派な演技・競技だったとしたら、

それはやっぱり、観た人を衝き動かすはず。

前にも後にもそれがないなら、やはりそれは「陶酔」。

「陶酔」だって、悪いことではありません。

人を酔わせられる演技は、やはり素人ではできませんし。

ただ、「自分は酔ってない」と

言い張る酔っ払いが一番タチが悪いように、

それを陶酔と自覚せず、「感動」と表現するのは、

決して趣味のいい酔い方とは思えません。

スポーツでも、花でもお酒でも、

私たち日本人もそろそろ、乱痴気騒ぎではない、

「たしなみ」を覚えたいものです。

陶酔は醒めたら何も残りませんが、

花やスポーツが与えてくれる豊かな「何か」は

「心の財産」としてちゃんと残るはずですから。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

「目」を見たこと、ありますか?

私たちの身体の部分の中で、

最も「見え得ない場所」はどこでしょう?

後頭部?背中?

体内だって、もしかしたら脳内だって

やりようによっては見えるかもしれません。

一番見えない場所、

それは恐らく「目」でしょうね。

ところが、ちょっと生々しい話ですが、

先日、子もんすてら。を追いかけて走った後

(毎日そんなことばっかりやってます)

白い壁を見た時、見えたんです。

網状のものが脈動しているのが…。

「?」と思いましたが、

「あ、眼球の毛細血管だ!」とわかりました。

それだけなんですけどね、

ごく一部ではあるけど、「目」を直に見た、

何だか不思議な経験なので書いてみました。

目っていろいろ不思議で、

私は「盲点あそび」が好きなんです。

あの、10cmくらいの間隔に2つの黒い点を書いて、

片目を閉じ、開いている目で閉じた側の点を注視する、

目の前の、注視しない側の点ももちろん見えていますが、

点と自分との間隔を遠くしたり近くしたりすると、

距離にして20cmくらいの箇所でしょうか、

注視していない側の点がパッと消える箇所がある、

このあそびです。ご経験ない方はやってみて下さい。

また、他のこんなあそびをご存じの方、教えて下さいね。

因みに、子どもの頃からチャレンジしてできないんですが、

鏡に映った自分の白眼を注視するの、できないですね。

こんな風に、「目」の錯覚が不思議で面白いのって、

それだけ私たちが「目からの情報=世界」って

信じ込んでいる証拠なんじゃないか、って思います。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

腰痛…(--;)

保育園で働き、家では育児の日々、

子どもを抱くか、パソコンに向かうか、掃除をするか、

その繰り返しが私の生活です。

夏の初め頃、何か腰に違和感…、って思ったら、

それは数日のうちに痛みに変わり、

動作もしづらく、時には右大腿に痺れまで。

学生の時、椎間板ヘルニアをやったことがあるので、

その時の記憶が鮮明に蘇ってきました()

(遠い昔のことなのにねぇ…)

さて、公私ともに腰痛になるだけの生活、ということは

公私ともに腰に負担のかかる作業が多いってこと。

この生活を、腰をかばいながらするとしたら、大変です。

腰痛は、介護の仕事の職業病として有名ですが、

保育の仕事も、違う意味で腰を苛めることばかり。

介護と違って、相手の体重は軽いけど、

トランス(人の移乗)をすることはないけど、

飛んだり跳ねたり、子を高く抱き上げたり、

視線を合わせるために屈んだり、

中途半端な高さの子ども椅子に座ったり、

そんな一つ一つが、ジャブのように腰に来ます。

加えて、私は(一応)経理、デスクワークが主なので

「動」ではなく、「静」の負担も、じわじわと…。

職業病であるからには、周りの人間も同じ悩みを持つので、

「同病相哀れむ」、理解はしてもらえるのが救い。

学生時代にお世話になった気功に行ったら、

一応痛み&違和感はなくなったけど、

何だか爆弾抱えちゃった気分。

到底重い物をもったり、走り回ったりする勇気がない。

平日は仕事としてプール、休日は子もんすてら。と海、

ほぼ毎日水に浸かる生活も、冷えを恐れつつやってます。

うーん、年寄りに近づいている気がするなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

エコで大事なもの~精神論

世間では、エコが大きな価値観を占めていますね。

自分たちの環境に、

関心を持つのは素晴らしいと思います。

私たちの環境をここまで追い込んだのは、

私たちが、富や利便を追求したから。

それを、科学の力が後押ししてくれたから。

ここで「これじゃまずいよね」って思って、

「では今まで培った科学でエコしましょう」

って言っても

どこかしらに矛盾を含んでいる気がします。

科学もエコに貢献できる、これには賛成します。

が、何より変わるべきは、私たちの姿勢でしょう。

どんな最先端の科学も、私たちの欲を孕んでいたら

今までと違う結果にはならないでしょう。

それに、何の技術も権力もない一般民間人である

私たちにできる第一歩、

それは「心構え」じゃないですか。

ということで、「エコで大事なものは精神論」。

これについて、3回に分けて書きたいと思います。

まずはその1回目。

エコに関する精神的な概念で、

今、もっとも注目されているのは

「もったいない」でしょう。

元々は仏教用語のこの言葉、

私たち日本人にはあまりに馴染み深く、

その反面で、と言うよりだから、というべきか

貧乏くさい、薄汚れたイメージがありました。

それが、4年前に

ケニアのワンガリ・マータイさんにより、

世界的な概念となり、

日本でも、歌の歌詞や環境白書にも載るなど、

一転して流行語ともなったのです。

環境保護の必要性は、以前から認められてましたが、

この「もったいない」という言葉、

私たち日本人には、

どちらかと言えば陳腐化した言葉でした。

それを、海外から気付かされるまで、

大切にしなかった。

エコ(エコロジー)とか

リサイクルとかハイブリッドとか、

横文字の概念ばかり追いかけ、

身近な概念を大切にしなかった。

「日本語が、日本文化がもったいない」

って、私は思います。

私自身、ついつい便利と感じ、

必要以上に横文字を用いる癖があり、

これは自戒を込めて言いたいところです。

おやおや・・・?

エコの話が、いつのまにか

言葉や文化の話にすり替わってしまいました。

いえ、これこそが我が意。

エコで大事なのは精神論ですから。

お後がよろしいようでm(__)m

| | コメント (8) | トラックバック (0)

青の時間

一日の中で、どの時間帯が好きですか?

私は、夕方、たそがれ時と言うのでしょうか。

一日を照らした太陽が、

オレンジ色の夕焼けを見せてくれたあと、

地平に沈んでも、名残りの光が漂う頃、

世界が青一色に染まる頃が好きです

(私はこの時間を「青の時間」と呼びます)。

秋や冬だと、一瞬で終わってしまいますが、

ちょうど夕飯時にさしかかるこの季節、

晴れた日なら10分くらいは

私たちの目に青い半透明の幕が下ります。

陸の上、風の中に身を置いているのに、

水深20mの世界を泳いでいるよう。

漂うのは、青い空気か、それとも自分か。

古くはこの時間、昼と夜の端境期は

あやかし、もののけが現れる時間と言われました。

「たそがれ」と言う言葉も

人の顔が見えない「誰そ彼」から来ています。

そして現代、この時間帯は、

最も交通事故の多い時間帯でもあり、

私も、何度か冷や汗をかいた記憶があります。

姿を見せないあやかしは、

人に車に、道に辻に、牙を剥き潜むのでしょうか。

あやかしが実際にいるかどうか、

私にはわかりません。

が、科学的に考えると、

降りしきる暗さに目が慣れていないことと、

青一色に染まった車窓は、

遠近感が存外とりづらいことがあると思います。

全てが平面的に見える中で、

ハッとしたら歩行者がすぐ近く、

ブレーキやハンドル操作で回避したけど、

他の車も近くにいて、事故になる。

みんなが距離を掴めないから

迂闊はあやかしの餌食となります。

何でも合理性で割り切る現代人と違い、

昔の人は神仏や妖怪を持ち出しました。

「解明できなかった」と言えばそれまでですが、

今の私たちよりずっと、

きれいな空の下、ゆったり過ごしていた、

そんな気もします。

あやかしも、恐ろしいものばかりではなく、

トトロのような愛らしいものもいますよね。

私を含め、多くの現代人は、

車がないと生活が難しいと思います。

この危険な時間帯に

ハンドルを握らなければならないことも。

でも、

ちょっと早く仕事を終わらせたり、

たまには夕飯を早めにしたりして、

この美しい時間帯を歩いてみませんか?

もしかしたら、そんな「愛らしいあやかし」に

出会えるかもしれませんよ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

春待ち風邪

私すとれちあ。は、毎年この時期、

タチの悪い風邪をひきます。

この風邪を、私は自分で勝手に、こう命名しました。

なーんか、典雅でキザな名前って言われそうですが

(思わない?勝手な思い込み?ナルシス?)、

なかなかこの風邪、嫌なものです。

何しろ、寝ても薬を服んでも、よくならない!

花粉症とのハーモニーで頭痛と熱っぽさが続きます。

もともと、花粉症で抵抗力が弱っている上に、

鼻づまりで口呼吸を強いられる→咽喉を痛める!

+一度暖かい風を知った冷え性の身体が、

「もう寒いのに耐えるのはやだ!」とばかりに

ストライキを起こしている感じです。

という訳で、この風邪、

気温が上昇するまで延々続きます。

その代わり、気温が上がると自動的に治癒します。

だから、「春待ち風邪」。

今年のひき始めは、子もんすてら。からでした。

熱を出し、保育園をお休みしましたが、

具合の悪い時はあまえんぼさんになるもの、

せがまれるまま、抱っこしていて、

咳を浴びまくりました。

そこで、風邪には葱!と安直な発想で、

本日の夕飯、葱と小松菜のピーナッツ味噌炒め!

中華風です。

でも、治らないんだなあ・・・。

って言うか、風邪にはお粥が一番かな・・・?

T0010001

| | コメント (4) | トラックバック (0)

献血しました

スローライフに健康は重要。

冷え性+立ち眩み体質のすとれちあ。は

自分の身体の状態は常に把握したいと思っています。

とはいえ、職場が実施してくれる法定健康診断以外に

自分で受診する余裕なんて、ある訳ありません。

そこで、おススメなのが献血

無料で血液検査を受けられるようなもんです

(HIV判定目的なら、やめましょう)

とゆー訳で、行ってきました。

冷え性+立ち眩み体質で血液減らしていいの?

うーん、微妙だけど、

減らすことを怖がるより、

それで状態わかることの方が大事かな、と。

それに、成分献血なら赤血球減らさないし

(量も加減してくれるし)

終わったら、少しクラクラしましたが

赤血球やヘモグロビンが少なめな以外、

血液の状態は、理想的だそうです。

やはり、普段からジャンクフードを避けたり、

なるべく運動するようにしているのがいいのかな。

等身大スローライフがもたらしてくれてる健康、

と思います。

(冷え性+立ち眩みは、驚異的血圧の低さ、らしい)

帰りに、記念品にお米をもらいました(生活費の足し)

これで浮いた食費で、帰りにレバーでも買ってこうかな

(好きじゃないけど)。

こんな私でも人様の役にたって、健康管理にもなって、

スローライフには最適かもしれません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)